第九話 百舎重繭、準備期間!
ヴェーネを出発した私は初めての旅というものをを経験した訳だが、その旅は簡単な道のりではなかった。貰ったリュックはでかくて歩き辛いし、入っていた食料は不味くてパサパサしているし、テントは複雑で組み立てられなかった。
それでも目的のために歩き続けること四日。
やっとのことで最初の町に着いた私はリュックに入っていた大量の魔獣対策グッズを売り払った。使わないし、ただただ邪魔だった。
あいつら私の強さは知っているはずなのになんであんなものを入れたのか。薄情だと思われるかもしれないが、途中で捨てずに金に変えて有効活用するだけマシだ。あと、誰だぬいぐるみなんて入れた奴。一番リュックを占有していたぞ。
とまあそんな感じで財布の中身と反比例して身軽になった私は、ギルドで適当に情報収集し、近くのダンジョンを制圧し、その町の料理を堪能し、ちょっとした補給を済ませてさっさと次の町に出発した。あまりゆっくりとしているつもりはない。
そんなことを三回ほど繰り返した。最初の町以外ではダンジョン攻略のついでに討伐依頼を受けたりしたが、違いといえばそれくらいだ。二、三日しか滞在していないし特に語ることもない。
「ふう、見えてきたな」
そんな旅にも終止符が打たれる時がやってきたようだ。この旅の目的地である港町フェレンツェが見えてきた。ここで船に渡りをつけ、遠回りではあるが魔大陸へ渡る。不本意にも始まった人族領、ヘリオス大陸での生活もこれで終わりだ。
「こうしてみると、いい経験になったとも言えるな」
今まではほとんどお家に引きこもった生活をしていたが、外の世界というのも案外いいものだ。旅というものも経験できたしな。
そういえば旅をしてひとつわかったことがある。このヘリオス大陸には魔力が少ない。魔大陸は肥沃な土地で大地の恵みも多くとれるが、ヘリオス大陸は土が痩せていて作物が育ちにくいのは有名な話だ。それと同じように大地を満たす魔力も魔大陸に比べて少なく、そのためダンジョンや魔獣も弱かったのだろう。
「つまり魔族にとって、攻め入るよりも魔大陸で迎え撃つのが理にかなっているという事だな」
魔力を糧に力を発揮する魔族にとって、魔大陸の豊富な魔力は重要な要素だったということだ。
閑話休題。なんだかんだと町の入り口に着いた私は、人族のふりをして得た身分の証明であるギルドカードを門番に見せると、旅の終焉の地フェレンツェへと足を踏み入れた。
さあ、寄り道は終わりだ! 真っ先に魔大陸へ向かう船を確保するぞ!
・・・・・・・・・・
「駄目だ、船は出せねえ」
はあ?
「どうしても?」
「どうしてもだ。お上に逆らっちゃ生きていけねえよ」
……ああ、こんなやり取りを最近した覚えがあるな…。
「戦争が始まるから船の制限をされているのか?」
「そうだ。漁はしていいが魔大陸に近づくのがご法度なんだ」
どうやらヴェーネより多少はマシな制限のようだが、魔大陸に渡れない時点で私にとっては同じことだ!
「くそっ! 他に誰か引き受けてくれそうな奴は居ないのか?!」
「みんな自分の生活で精一杯だ。魔大陸に行こうなんて酔狂な奴は居ねえさ」
「他の港なら?!」
「どこも一緒だろう」
くそう、他の港からなら魔大陸に渡れると思っていたがそう簡単にはいかないようだ。だが私は諦めないぞ!
「この腰抜けめ! もういい!」
「なんだと?! このガキ!」
私は走り出す。ここに居たって状況が改善するわけではない! 漁師の罵倒が聞こえたが、矮小な人族の漁師なんて私の眼中には無かった。
しばらく走り続けたのち、ぴたりと立ち止まる。考えるのはこれからのことだ。
「……帰る手段が無い」
私の目的はあくまでもお家に帰ることである。しかし、その手段は船で海を渡る以外に無い。だが、せっかく何日もかけてこの町までたどり着いたというのに、船は出せないと言う。では帰る手段はないのか。
「いや……ある」
憎っくき勇者の言葉というのが納得いかないが、人族軍に同行して魔大陸に向かうという手段は残されている。何ヶ月も先になるとの話だが、今すぐに船を出す手段が無いというのならそれ以外に魔大陸に帰る手段は無いだろう。
ならば……しょうがない。
「不本意だが人族軍の船に乗るしか無いだろうな……」
それしか手段が無いのならば甘んじて受け入れよう。後の問題はその間に何をするべきかだ。魔族の為になり、ヘリオス大陸に居るからこそ出来ること。
適当な町を滅ぼし、人族の勢力を削る――ダメだ、リスクが大きい。
諜報活動を行い、戦争を有利に運ぶ――これはこれまで通りに行うべきだろう。
ヘリオス大陸のダンジョンを支配下に置き、魔力を貯める。――やはりこれが最優先事項か。
あくまでも人族のふりをして密かに暮らし、諜報活動を行いつつ力を蓄えて戦争に備える。これが今の私に出来ることだろう。
「よし、そうと決まれば……」
私がするべきことは決まった! それは――
「家を買うことだ!」
・・・・・・・・・・
家を買うと決めた私はフェレンツェのギルドで紹介されたとある商人の所に来ている。
冒険者が情報を得たいのならまずはギルドに行く。ヴェーネの町の冒険者が言っていたことだが、家を買うにはどうしたら良いか分からなかった私はその言葉を信じてギルドへ行くと、受付嬢から家の売り買いを専門にしている商人の情報を得られた。
ギルドはどの町にもあったし、こうして旅する冒険者にとって便利な存在である。
「家を買いたい」
「……お嬢さん、ひとり? パパはどこかな?」
チッ……ここでも子ども扱いか。どの町も最初はこうだった……もう慣れたものだ。私は無言でギルドカードを取り出し、恰幅のいい商人に見せる。大きな店を構えていたので実力があるのだろうと思っていたが、人を見る目は無いようだな!
「……上級? えっと、お嬢さんが?」
「そうだ」
「……失礼しました」
この商人はギルドカード見ると、やっとお使いや冷やかしではなく私自身が客だと理解したようだ。内心は信じていないようだがあんまり舐めていると消し炭にするぞ!
「それで、どのような家をお探しでしょうか。ワタクシ、フェレンツェだけでなく近郊の町や王都にも人脈がありますので、どのような要望にもお答えできるかと思いますよ」
「ほう。ならば――」
まずはこの私に相応しい広さが必要だ。狭苦しい豚小屋の様な家には住みたくない。別荘として買いたいから城とは言わないが部屋数が多くて広めの庭のある屋敷が欲しい。場所も重要だ。町外れの様な不便な所や汚らしい場所は以ての外、綺麗で静かでそれでいて商店やギルドに近い便利な場所に住みたい。ああそうだ、暖炉もあったほうがいい。寒い時期に暖炉の火で温まりながら読書にふけるのが好きでな。それと地下室は必須だ。理由は聞くな。予算は特に決めていないが、今は手持ちが心もとないからなるべく安いほうがいい。でもまあ高くても気に入れば買う。相場は知らないが、私くらいの実力があれば金を稼ぐのもすぐだろうからな。それと――
最初は表面だけでもにこやかにしていた商人だったが、私が次々に条件を述べていくと段々と険しい顔つきになってきた。
「どうだ、あるか。まあ建物の古さはそれほど気にしない。レトロなデザインは好きだしな」
書斎などの部屋の位置や門の向き、外壁の素材や屋根の色などこだわりたいところはまだまだあるが、苦心して必要最低限の条件に絞って上げてみた。
「……とりあえず一件、条件に合う家に心当たりがありますが」
「ほう、いくらだ?」
「金貨十五枚です」
「良いじゃないか。相場は知らないがそれならすぐに出せる額だ」
「場所は王都になりますが……」
「構わん」
ここからなら数日で着く位置にあるらしいし、諜報活動をするにあたって人族の中心地である王都に住むのは都合がいい。
「それなりに古い建物ですが……」
「古さは気にしないと言っただろう」
「長く人が住んでおらず、放置されていた屋敷でして……」
「汚れているなら人を雇って掃除させる。別に住めないわけじゃないのだろう?」
「もちろん建物自体はしっかりとした作りでどこも問題はありませんが……」
何やら渋っている様子だ。面倒な駆け引きは好きじゃないし、ここはスパッと聞いてやろう。
「何か問題があるのか?」
「……実はその屋敷では過去に人死にがあり……それ以来幽霊が出るとの噂がありまして……」
「問題ない」
「えっ?」
「えっ?」
「……幽霊が出るのですよ?」
それの何が問題なのだ。アンデッド系は魔族とも魔獣ともつかない曖昧な存在だが、そんなもの私の敵ではない。私が買ったお家に無断で住むようであれば消滅させてやればいいだけだ。
「その幽霊は何か悪さをするのか?」
「何人かその屋敷に住んだことがあるのですが、全員が亡くなっております。おそらく幽霊に殺されたのだと……」
「問題ない。私は強いからな」
「……そ、そうですか」
「とにかく見せろ。気に入れば買う」
商人が私を見つめるその瞳は、なぜか得体の知れないモノ――そう、まるで幽霊でも見たかの様な目だった。