第八話 計画頓挫、会者定離!
「無理だ。船は出せねえ」
はぁ?
「国から制限が掛かったんだ。戦争が始まるから勝手に船を出すなってな」
魔族と人族での戦争ってことか。今までは魔大陸の魔獣の素材やお宝目当ての冒険者、恐れ多くも魔王様を討伐しようなどという不届き者が来るくらいだったが、とうとう人族の国が魔大陸を侵略しようとしているというのか。
「ここは魔大陸に一番近い前線の街だからな」
「金さえ払えば船を出すと言っていただろうが」
「事情が変わった。悪いが、嬢ちゃんの頼みは聞けんよ」
「どうしてもダメか? 金は用意してきたのに?」
「戦争が終わってからならいくらでも船を出してやるよ」
くそぅ! 思ったより骨のないやつだな! たかが国からの命令にも逆らえんとは!
「この腰抜けめ! もうお前には頼まん!」
私は捨て台詞を叫んで走り出した。予定が狂った! 別のやつを探そう!
「他の船に頼んでも無駄だぞ! 誰も船は出さん!」
走り去る私の背中に声が掛かるが、無視だムシ! 手当たり次第声を掛ければ一人くらい肝の座った奴が居るはずだ!
・・・・・・・・・・
目標の金貨十枚が入った袋を持ってほくほく顔で港に向かった私は、ベランの予想外の返答によって魔大陸へ帰る手段を失ってしまった。あの後、手当たり次第に声を掛けてみたものの、誰も首を縦に振らなかった。どいつもこいつも根性なしである。
「どうしよう……」
とぼとぼと当てもなく町をさまよう。
船が無いことには海は渡れない。魔大陸に行けない。お家に帰れない……。
もしかしたら食事に金なんて掛けていないで節約し、もっと早く金を貯めていれば間に合ったのだろうか。ああ、なんてことだ。欲望に負けた結果がこれだなんて、私はなんてバカなのだろうか。
「どうしたの?」
石畳の地面を見つめて歩いて居ると前方から声が掛かる。何度も何度も嫌になるほど聞いた声だ。
視線を上げると案の定、魔族の、ひいては私の宿敵、憎き勇者アルバートである。
「……何の用だ」
「いやあ、うつむいて歩いているのが見えたからどうしたのかと思って」
「お前には関係ないだろう」
「港から来たところを見ると、船を出そうとして断られたって所かな」
勇者は拒絶する私を無視し、嫌になるほどにこやかな顔で言う。元はお前のせいだと言うのに。
「戦争が始まるから、終わるまでは無理だろうね」
「ふん。腰抜けの船乗りにもそう言われた」
「行き先は魔大陸?」
この質問にはどう答えるべきか……。もともと魔大陸で勇者と出会ったのだから問題は無いか……。
「そうだ。あそこでまだやることがある」
「だったら軍の船に同行したら? 僕も同行して魔大陸に行くことになったんだ」
どうやら軍がこの町に集まり、勇者とともに魔大陸へ向かうようだ。……まてよ、その軍隊に私も同行して魔大陸へ行くのもひとつの手かも知れない。勇者と一緒というのはものすごく嫌だが、ともかく魔大陸にさえ行ってしまえば後はどうとでもなるだろう。
「それはいつ出発するんだ」
「さあ? 軍がまだ来てないんだよね。あの動きの遅い軍のことだから何ヶ月も掛かるかもね」
「……そんなには待てん」
いつまでもこの町でまちぼうけなどしてられない。さっさと魔大陸に帰らないと、お家が心配だ。それに魔族軍が編成されてからだと重要なポストに着くことが難しくなる。戦争は出世のチャンスだ。この機会に魔王様の覚えを良くしておきたい。
「じゃあこの町から船を出すのはちょっと厳しいかもね」
「……この町……?!」
そうだ! なにもこの町にこだわらなくても良いじゃないか! 他にも港町はあるはずだ。そこから船を出せば時間は掛かろうが魔大陸に行くのは不可能では無い!
そうと決まればこんな所で油を売っている暇はない! まずは情報収集だ!
「私はもう行く! お前と話している程暇じゃないんだ!」
「そう? 暇そうに見えたけど」
「うるさい! とにかくもう行く!」
「うん、じゃあね」
私はこの町を出る! もう会うことはない! ムカつくほどにこやかに手を振る勇者を背後に私はギルドへ向かって走り出した。あそこは情報が集まる場所だ。他の町の事もあそこで分かるだろう。
・・・・・・・・・・
「そうですか……寂しくなりますね……」
「そんなことより早く港町の場所を教えろ」
「それでしたら――」
冒険者ギルドへついた私は早速受付嬢に町を出る事を話し、港町についての情報を聞いた。
ここヴェーネから一番近いのは南東にあるフェレンツェという港町だそうだが、結構な距離があるらしい。海路を行くのが一般的だが、船を制限されている今、それは無理だろう。
「ですので、馬車を使うのが理想ですが……馬は扱えますか?」
「無理だ」
お家なら馬型魔獣でも召喚して使役できるが、外では召喚出来ないし、普通の馬に比べてバカでかい馬型魔獣の馬車なんてすぐに魔族とばれるだろうからそんな事はしない。
「では最短距離とはいきませんが、いくつか町を経由して行くのが良いでしょうね」
「ふむ……しょうがないな」
「ここがヴェーネですから、南に行って――」
受付嬢がヘリオス大陸の地図を広げ、指でなぞってルートを説明する。三つ町を経由して物資を補給しつつ、フェレンツェを目指す旅になる。今まで旅なんぞしたことは無いが何とかなるだろう。
そうだ! せっかくヘリオス大陸を旅するのだから、道中のダンジョンを支配しつつ、魔大陸に戻った時に役立つ情報を得よう。私は転んでもただでは起きない。よし、諜報活動だ!
「ソフィちゃん、この町を出るのか?」
受付嬢にダンジョンの位置も聞き出していると、顔見知りの冒険者が声を掛けてきた。
「そうだ。明日の朝には出発する」
「そんな!」
「マジかよ!」
「なんてこった、ポイズンリザードの討伐を手伝ってもらおうと思ってたのに!」
私が肯定すると次々に冒険者どもが寄ってきてまくし立ててくる。お前ら皆聞き耳を立てていたのか。よほど暇なようだな。
「お前らが脆弱なのは知っているが、ポイズンリザードごとき自分でなんとかしろ」
こいつらはコッカトリスやポイズンリザードといった厄介な魔獣を自分たちでは中々討伐出来ないからと言って、私に押し付けようとしてくる事が多かった。まあ得てしてそういう魔獣の方が報酬は良かったため断らなかったが、これからは自分たちでやるんだな。
「くっ……そうだな。これからはソフィちゃんに頼らず頑張るか」
「今までも自分たちで何とかしてきたんだ!」
「確かにな……。でも今まで世話になったんだから、何か礼がしたいな」
「いや、礼とかいらない」
「なら今日は宴会だ! ソフィちゃんに好きなだけ飲み食いしてもらおうぜ!」
「いいな! そうしよう!」
「おいだから……」
「店を抑えてくる!」
「待て待て、だから私は――」
「俺は皆に声かけてくるよ!」
なぜ私を無視する! 私の話を聞かず、既に何人かの冒険者は走り出して行った。ギルド内に残った奴らも宴会だ宴会だと大騒ぎだ。
「おい、なぜこいつらは私の話を聞かないんだ?」
「まあ良いじゃないですか。みなさん、ソフィさんにお礼がしたいんですよ」
頭の悪そうな冒険者たちより多少知的な受付嬢に聞いてみたが、にこにことしているだけで奴らを止める気は無いようだ。まったく役に立たない。
「私も感謝しているんですよ? 厄介な討伐依頼を短期間で多く処理してくださいましたし。お仕事が無ければ私も参加したかったですねぇ」
「……むしろ私の身代わりになってくれ」
「ダメですよ、あなたが主役なんですから」
「……はぁ」
ギルド内で大騒ぎする軟弱者どもを眺め、ため息を吐く。
しょうがない、今日のところは付き合ってやろう……。
・・・・・・・・・・
「よし、行くか」
鳥たちが目を覚まし始める夜明け頃、私は大きなリュックを背負って南門に立っていた。旅の荷造りはしたことが無かったが、おせっかいなバカどもが餞別だと言ってあれやこれやとリュックに詰めて渡してきたので、それをそのまま背負っている。そのバカどもは深夜まで飲めや歌えやの大騒ぎで、今頃はぐっすりと夢の中だろう。
さあ新たなる旅路へ、と一歩踏み出した所でいつもの声が聞こえてきた。
「もう行くんだ?」
振り向くと予想通り、相も変わらず私に絡んでくるうざい宿敵、勇者アルバートだ。
「お前か……」
「そろそろ名前を覚えてくれても良いんじゃない? 僕はアルバートだよ」
「チッ……何の用だ?」
「旅に出ると聞いたから見送りに」
「ふん。そんなものは不要だ」
私はそう言って前を向き今度こそ歩きだす。
奴はしばらくこの町に留まるらしいから、にやけ面もこれでおさらばだ。せいせいする!
「またね、ソフィちゃん」
またね、か。そうだな、魔大陸に帰って魔族軍に参加出来れば、今度こそ敵として相まみえることだろう。ならばここは魔族として立派に応えてやろうじゃないか。
私は勢い良く振り返り腕を組む。奴は私の好敵手、必ず私の手で打倒してやろう!
「また会おう、アルバート……勇者アルバートよ! ハハハハ!」
渾身の高笑いを決めると、颯爽と走り出す。奴を打倒する為には立ち止まってはいられない!
さっさとお家に帰るのだ!