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第四話 虚実混交、異国上陸!

「ははは、まさかこんな形で上陸することになるとはな……」


 思わず渇いた笑いが漏れ出てしまう程度には想定していない上陸方法だった。いつかは人族の領域、このヘリオス大陸に来ることもあろうと思っていたが、それは魔族として人族を攻め滅ぼすため、多くの軍勢とともにやって来ると思っていた。

 是非ともその時は魔王として、もしくはそれに近しい程の立場にまで昇進して軍勢を引き連れたいと妄想していたものだ。……それがまさか。


「勇者とともに上陸するとは……」


 我ながら不可解な状況だ。いったいどういう星の巡り合わせがあればこんな状況になるのか甚だ疑問である。


 魔大陸を不本意にも出発した私とその宿敵である勇者アルバートは、数日ほどの船旅を終えてこのヘリオス大陸に降り立っていた。

 船旅の最中には色々とあった。血まみれの体を洗うために狭い船上で裸になって勇者に見られたり、勇者が用意していた食料が一人分しかなくて魚を釣ってしのいだり、嵐に巻き込まれて針路を見失い遭難しかけたり、まあ色々だ。

 出来れば思い出したくもない。


 ともかくだ。ともかく私はヘリオス大陸の北端であり魔大陸と最も近い場所、港町であり要塞都市でもあるヴェーネという町に上陸した。というかその近くの浜辺に漂着したので門から入った。


「僕はこれからこの町のギルドへ行くけど、ソフィも来るよね?」


 たった数日とはいえ濃密な船旅のおかげで……いや、船旅のせいで勇者とは話す機会も多かった。なにせ狭い船上で四六時中一緒に居たわけだから話さざるを得ない。そこでやつは私を家に送り届けるからと住んでいる場所や年齢、どうやって魔法を習得したのか、果ては好みの食べ物に至るまで、目的に全く関係ない事まで聞き出そうとしてきた。

 魔族だとばれると殺されてしまうため、ばれないようにと答えるのに四苦八苦した結果、私の人族としての設定が色々と出来上がってしまった。

 天涯孤独の身で帰る家は無く、一時期拾ってもらった老魔法使いの元で魔法を学び、その老魔法使いが死んだのを機に冒険者となりあちこち旅をし、その結果魔大陸への上陸に至った、と。

 細かい設定は省くがこんな感じだ。


「私は後ほどギルドへ行こう。その前にやる事がある」


 冒険者という設定に従うのであればギルドへは行かないと駄目だろうが、その前に用事があると言えば勇者と一緒にギルドへ行かなくて済む。これで勇者と離れられれば、その隙に船を雇い魔大陸へとさっさと帰ってしまえばいいのだ。


「なるほど、ケーキを食べに行くんだね。この町のオススメは『カフェ・バーリトゥード』だよ。チーズケーキが美味しいから、興味があったら食べてみて」


 ……そういえば無類の甘いもの好きという設定になっていた。


「わ、わかった。行ってみよう」

「じゃあね」


 ここで否定してもしょうがないのでとりあえず頷いてみた所、勇者はあっさりと去って行った。帰る家は無いという設定が効いたのか家に送り届けるとは言わなくなったし、冒険者として自立していると言ったのも良かったようだ。


「ふう……」


 勇者の背中が路地に消えるまで見送ったところで、ため息が口をついて出た。どうやらこの数日緊張しっぱなしだったようだ。精神的にも何とかひと息つけた気分だ。


「帰ろう……」


 私の目的は家に帰る事だ。さっさと目的達成のために動きだそうと港に向かった。この町の地理は把握していないが、入ってきた町の入り口は海に近い位置だったため、港はすぐそこだった。


 港にはいかにも力自慢といった様相の男たちが我が物顔で闊歩している。先ほどの門のところでも似たような顔ぶればかりだったが、あちらは鎧姿が多く、こちらは日に焼けた肌を晒しているものが多い。

 門は要塞、海は港湾の特徴が出ているようだ。


 船を持っていそうな漁師風のそれも立場のそこそこありそうな男を探す。

 下男や下っ端に声を掛けても無駄足になるだろうしな。

 回りの男に大声で指示を出している偉そうな男に目星をつける。男は近づいてくる私に気づくと、怪訝な顔で作業する手を止めた。


「何か用か。ここはお嬢ちゃんの様なガキが来るところじゃねえぞ」


 無精髭を生やした色黒の男は、威圧するように腕を組んで私を見下ろしてくる。


「私を魔大陸まで連れて行け」


 私も対抗して腕を組み、見下すような目線で睨み返す。物理的には見上げているが細かいことは気にしない。


「……お嬢ちゃん、貴族か?」


 貴族……確か人族にそういう制度があるというのは聞いたことがあるな。だが、私は貴族では無い。内面から溢れ出る高貴さは貴族をも上回るだろうがな。


「私は貴族ではないが、似たようなものだ」


 男は顎髭をじょりじょりと撫で回しながら上から下へと私を眺める。何かを見極めようとしているのか、舐め回すような視線が不愉快だ。ここが魔大陸だったら今頃消し炭になっているところだぞ!


「へぇ……。あんなところに何の用かは知らないが、報酬が出るならどこへでも連れて行くさ」


 愛すべき故郷を「あんなとこ」と表現された事にこめかみがピクリと反応してしまうが、ここは広い心で我慢だ。怒り出したら魔族とばれる。


「……無事送り届けられたらいくらでも払ってやる」

「じゃあダメだ。報酬は前払いで金貨二〇枚。良いか、前払いだ」

「ま……ぅ」


 うぐぐ、しまった!

 私はそこそこ蓄えがあるからお家まで帰れる事が出来れば隠し金庫にある財宝でいくらでも払えると思っていたが、着の身着のままクソ勇者に連れ去られたから今は無一文だ!

 魔法で脅して無理矢理にでも船を出させたいが、ここで目立つ事をすると魔族だとばれる危険がある。ここは私の交渉術の見せ所か。


「……後払いで何とか」

「ダメだ。魔大陸なんて危険な所に行くんだ。確実に支払われないと船は出さん」

「後で絶対払うから……」

「……ダメだ」

「……どうしてもダメ?」

「……前金で半分、成功報酬で半分って事なら譲歩してやる」


 クソっ! 私の華麗なる交渉術を持ってしてもここまでの譲歩を引き出すのが限界か! この男、やるな!

 しょうがない、時間は掛かるが金を稼いで来るしか無い。私の素晴らしい手腕があればそこまで時間は掛からないだろう。


「分かった! 良いだろう、前金で金貨一〇枚だな!」

「ああ、オレはベランだ。大抵ここに居るから金が用意できたら来な」

「私はソフィだ! 首を洗って待っていろよ!」


 そう言って私は走り出した。これから急いで稼がねばならない。一刻も早くお家に帰るために!

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