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第二話 奇襲失敗、百折不撓!

 魔大陸。

 広大で肥沃な大地を持ち、森と山で埋め尽くされた恵みの大地。

 その恵みを糧に多種多様な魔族と魔獣が住む、魔王を頂点とした弱肉強食の世界。


 魔族は皆、自らを鍛えたり、多くの魔獣を使役し、魔王を目指している。

 もちろん私も魔族の一員として自らが魔王となるべく日々修練を重ねていた。

 そのかいあってかダンジョンマスターとして実力と評価を得る事ができ、ついには立派なダンジョン(お家)を建て、たまにくる侵入者を撃退して絢爛豪華に暮らしていたが……。


 何故、こんな暗くて汚い洞窟なんかで寝る羽目になっているのだ!


 清潔で広々とした部屋は無く、コケの生えた狭っ苦しい穴ぐら。

 ふかふかのベッドは無く、布を敷いただけのごつごつした地面。

 やわらかな花の香りは無く、鼻を突く魔獣の糞と吐瀉物のすえた匂い。


「うぅ、お家帰りたい……」


 思わず弱音を零しつつ、ちらりと、こんな所に寝る羽目になった原因に視線を向ける。


「なんでこんな所で寝れるのだ……」

「すやぁ……」


 そこには地面に大の字に寝転がり穏やかな寝息を立てている、人類の希望こと勇者アルバートがいた。


 勇者は私を連行(保護)しダンジョンを脱出した後、休める場所に行くと言ってしばらく走り続けた。

 小脇に抱えられたままだった私は凄まじい速度と上下運動により今にも吐瀉物を撒き散らしそうになりながらも耐え続け、あたりが暗くなり初める頃にようやく停止して安堵したのもつかの間、魔獣が食べ残したであろう腐った肉と糞の匂いのする洞窟に放り込まれとうとう胃の中の物を全て吐き出してしまった。

 私が本当に魔族に攫われただけの人族の少女だったのなら、間違いなく嘔吐するだけでは済まなかっただろう。


 勇者はコロス。そう固く誓った。

 私の尊厳はもうぼろぼろである。


 勇者の「あ、ごめんごめん」という軽い謝罪を聞きながら気を失い、目が覚めると私は暗い洞窟の奥に転がされていて、入り口近くには勇者がまるで道を塞ぐかのように寝ていた、というわけだ。

 勇者の向こうに見える外は既に真っ暗で、それなりの時間を気絶していたのが分かる。


 しかし、この状況は好機だ!

 憎き宿敵はぐうすか寝ているわけだし、ダンジョンコアから離れて弱体化しているとは言え、まだ力は残っている。


「おあつらえ向きに洞窟だしな……」


 私は辺りを見渡す。

 洞窟内は狭いし暗いし汚いし臭いし私にふさわしくないがまあいい。


「よし、ここをダンジョン化するとしよう」


 そうと決まればさっそく。

 目を閉じ、下腹部に意識を集中する。体内の魔力を集め、圧縮、そして成形。目的のものがお腹の中で完成したのを感じとり、そして体外に排出する。


「う、うご、うおえぇぇっぷ」


 決してまたも嘔吐したわけではなく、体内で生成した『ダンジョンコア』を口から吐き出しただけだ。


「けほっ、こほっ……はあはあ」


 お家を作ったときにもやったが、相変わらず苦しくて気持ちのいいものではないな……。

 ころりと地面に転がったよだれまみれの球体は、妖しく赤く輝いている。上手くいったようだ。

 手のひらサイズのメインコアと比べるとかなり小さいが、これはあまり魔力を込めずに作った上に作ったばかりでまだ力を蓄えていないからしょうがない。


「これを見つからないように隠して……」


 洞窟の奥にあった岩の隙間に押し込み、念のため土をかぶせる。

 自分の第二の心臓とも呼ぶべきコアをこんな風に扱うのは癪だが、これも打倒勇者のためだ。我慢するしか無い。


 ともかく、これでこの洞窟は私の支配下、サブダンジョンとなった! ダンジョンマスターはダンジョンに居てこそ最高のパフォーマンスを発揮できるのだ!


「……魔狼召喚(サモン・ウルフ)! 行け!」


 勇者を起こさないように小声で狼型魔獣を召喚し即座に攻撃を仕掛けさせる。

 狙うは首。痛みで起きる間もなく殺してやる!


 魔狼が一瞬にして勇者に向かって飛びかかり、今まさに噛み付こうとし――。


「え?」


 一閃。何かが煌めく線を描いたかと思うと、びちゃり、と生々しい音を奏でながら生暖かいしぶきが顔中に、体中に浴びせかけられた。

 勇者に飛びかかったはずの魔狼は空中で縦に真っ二つになり、その断面から飛散した体液、もといどす黒い血液が私に降り掛かったようだ。


「……魔獣? おかしいな、周辺の魔物はだいたい駆逐したと思ったのに」


 気づくと勇者は立ち上がっており、光り輝く剣に付いた血を振り払っているところだった。


――見えなかった。起き上がるところも、剣を抜くところも。


「ああ、ごめん! 血まみれになっちゃったね」


 私が魔獣の血で全身血まみれになっているのに気づき、剣を仕舞って近づいて来る。


「大丈夫? 怪我はない?」


 勇者の戦闘を、一瞬とはいえ初めて間近で見た。桁違いの強さ、そして疾さだ……。


「だ、だいじょうぶだ」


 私は動揺した心を押し隠し、何とか返事をする。今、私が魔族とばれてしまったら、あの魔狼のように真っ二つにされるだろう。

 寝ている間の奇襲でさえ歯牙にも掛けずに撃退された。今の私では勇者を倒すのは不可能だ。


「そう、なら良かった。でも汚れちゃったね。魔獣も出たことだし、もう移動した方が良さそうだ」


 勇者はそう言って、一瞬にして私の背後を取りその腕に抱きかかえる。


「や、やめろ! 触るな!」

「大丈夫、今度は吐かないようにゆっくり移動するよ」

「そうじゃない!」


 無視するな! この鈍感系勇者め!


「おーろーしーてぇぇぇぇー……」


 走り出した勇者の速度は昼間とそう違いがあるようには感じず、またしても人としての尊厳を胃液とともに吐き出すことになると確信し、最後の抵抗とばかりに力の限り叫んだ私の声は悲壮感漂う心情を表すかのように寂しく洞窟にこだました。

 

 勇者はコロス。

 今は無理でも、いつか必ず!

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