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ギャルゲー異界に放り込まれたとき、絶対知っておきたかった唯一のこと  作者: 花木理葉
第二章 Q:植物はアストラル体を持ちうるか否か、理由を併せて述べなさい(11点)
5/6

5.

*前回までのあらすじ:

知人の鎖さんと再会した小夏と僕は、彼女の同級生にして寮生の江原さんと共に学園を見学する。そして寮への帰り、建物の前に広がる森について僕は尋ねたのだった

「さとちん知ってる?」

「ううん」江原さんが首を横に振る。「つのっちが知らないのに、わたしがわかるわけないよ」

 僕はもしかして、と思い、もう少し踏み込んでみた。

「ふたりとも、森に入ったことないの?」

「だって、用ないし」

 あっさり小夏が答える。

「せっかくだから、このまま戻らないで寄り道してかない?」

「なに~? ナオにぃ、なにかえっちなこと企んでるの~?」

「えええっ」

「江原さん。ないから、冗談だから。あんまりこいつのこと、真に受けちゃダメだよ」

 心外だ。僕がどんな顔をしていたかはともかく、少し考えて小夏が言った。

「でも面白そうだから、さとちん行ってみよっか」

「うん……つのっちがそういうなら」

 僕たちは、百二十度つま先を動かした。

 寮へ向かう方向と逆の、道すらない場所を、芝生を踏みしめながら進む。

「ところでさ、江原さんがつのっちって呼ぶの、なんだか意外だね」

「それはねぇ」と小夏が得意気に胸を反らせる。「あたしが、引き出したの」

「引き出した?」

「はじめは角笛さんって呼んでたんですけど」江原さんの頬がピンク色に染まる。「それじゃよそよそしいからって。でも、なんて呼んだらいいかわかんなくって。そしたら、なにかあだ名を考えてほしいって言われて……」

「意地悪なとこ、あるじゃないか。叔父さんに似てるな、そういう部分」

「うえー。ナオにぃ、やめて」

 なんだか本当に嫌がっている雰囲気を感じたので、それ以上いじるのは止しておく。

「で、江原さんが考えたわけだ」

「は、はい……」

「いいんじゃない。僕も、小夏に江原さんみたいなともだちがいるの、うれしいよ」

「そんな……そんなこと」

「照れなくてもいいって――おっと」

 森へ入ってみると、本物の樹木の質感を再現できてはいるが、空調のせいか、湿気の匂いなどはしなかった。雑草を踏みしだく感触が生々しい。小さな鳥や昆虫は再現されている。


 僕は思わず立ち止まって、屈みこんだ。

「へえ、蜘蛛までいる」

 つついてみるだけの勇気はないものの、規則的に張られた糸の幾何学模様に見入ってしまう。何重にも渡って引かれたライン。蜘蛛の腹部は黒とメタリック・ブルーが交互に重なり、楕円形に膨らんでいる。針金みたいな足は、あるがままに置かれていた。そよ風が寝床を揺らし、巣は心地よいハンモックとなって夢を見させる。

 断食でもしているのか、食後なのか、獲物はかかっていない。

 ただ、静かな時間がたゆたう。

「綺麗だと思わないか?」

 そのまま蜘蛛を観察していたが、返事がないのを不審に思って横を向くと、誰もいなかった。

「あれ? そんなバカな」

 置いてきぼりか。置いてきぼりなのか。

 そりゃ女の子は、虫は嫌いかもしれないけど。ましてや蜘蛛なんて、目の敵にされてるフシがあるけど。たまには益虫として、働いてくれることもあるというのに、まったく。

「僕たち、似てるところもあるみたいだぞ。兄弟」

 蜘蛛に語りかける。やつはツンと澄まして、巣にくっついていた。

 鳥の鳴き声が、頭上から降ってくる。お前の兄弟は、幻さ――どこにもいやしないんだぜ、数尚。どこにいたって自分の住処から出てきやしない引きこもりさ。お前そっくりだな、チチチ。

 僕は頭上を見上げる。

 しかし、鳥の影すら、そこにはなかった。

 蜘蛛は巣にかかったら、鳥だって捕食する。僕の兄弟は、特別製の消化器官を持っている。きっと、そうだ。


 もはや風の歌は聞こえない。

「まったく、どこへいったんだ。江原さんも、小夏も」

 視界を占めるのは木々ばかり。幹の影に隠れているのかもしれないし、散歩するような場所じゃないから、空を飛んでいるのかもしれない。あるいは木登りをしているのかも。

 かもかも言いすぎて、鴨になってしまいそうだ。ああ、人の鳴き声がヒトだったら愉快だろうな。意思疎通をして、言葉をしゃべっているつもりになって、外側から聞くとヒトヒト言っているだけ。

 なあ、数尚。そのくらいにしておかないと、いよいよ頭がショートするぞ。人間の脳だって、電気で情報をやりとしてるんだ。負荷をかけ過ぎれば、壊れてしまう。

 枝を分けて、奥へと進んでいく。魔法にかけられたのか、結界でも張ってあるのか、同じところをぐるぐる回っているような気がした。歩いても歩いても、景色はイラストみたいに固まったままだ。足がだるい。一旦、座って休もうか。……いや、ここで休んだら、一生出られなくなりそうで厭だ。身体だけは、惰性でも動かしておきたい。

 疲労と景色に、思考がぐらつく。

 緑の葉。

 茶色の幹。

 緑の葉。

 茶色の幹。

 ――ストライプだ。

 緑。

 茶色。

 そして。

 悲鳴が緑と茶色の牢獄を切り裂いた。


 自然に足が地面を蹴る。しかし枝に遮られて通れない場所や、すんなり進める場所が交じり、思うようには近づけない。急いでいるんだから、自然の方から避けてほしい。葉っぱが顔を、腕を、足を撫でる。おいおい、そんなに僕にフレンドリーだったっけ。いつから馴れ馴れしくなったんだ、勘弁してくださいホント。こっちだって、心の準備があるんだぞ。

 息が上がり、呼吸が乱れる。感覚だけで動いているから、自分がどちらの方角へ向かっているのかさえわからない。ただ、声に吸い寄せられているだけだ。

 足をもつれさせて、近くの幹へと寄りかかる。身体の角度が変わったからか、なんとか緑と茶色の隙間に人影を見つけた。

「おーい! 大丈夫?」

 ぜえぜえしながら近寄る。気づけば僕が、僕こそが完全なる不審者だった。

 しかし彼女も余裕はないらしい。しゃがんで、うずくまっている。初めは僕が肩で息をしているから、そう見えるのだと思った。けれどどうやら、彼女自身の身体が小刻みに震えているみたいだった。

「夏だってのに、とんだ寒がりだね。江原さん」

「あ……」顔を上げて、僕を確認すると、江原さんは老婆のような緩慢な動作で立ち上がる。「いえ、あの……そうだ! どこ行ってたんですか! もう!」

「え? どこって、そっちこそどこにいたの?」

「何言ってるんですか。こっちが訊いてるんですよ!」

「あ、ひょっとしてクーラーのきいた部屋にいて、冷えちゃった?」

「はあ?」

 江原さんの瞳が着火した。押しやすいところにスイッチがあるのか、本人が動くだけで押し込まれてしまうほど大きいのか。いずれにせよ、このままでは埒が明かない。


「さっき、悲鳴あげてたのは江原さん?」

「はい……それが、出たんですよ」

「出た」

「霊です、霊。ユーレイ。そっちの方角で」

 彼女が指差す方へ身体を向ける。木々が生い茂り、黄緑色の若葉が、あごを上へと突き出していた。

「何もいないよ」

「いたんです! さっきまで」

 のんびり目撃者が増えるのを待っていてくれる、のんきな幽霊がいたら、あいさつくらいはしただろう。でも、どうやら相手はせっかちな性格らしい。とにかく、彼女を落ち着かせるのが先か。

「何もいないよ。見てみなって」

「今はもういないですけど、確かに見たんですッ」

「わかってる。僕も今見てるし」

「だから……! ああ! か、からかわないでください!」

 主張が鼻声混じりになっている。どうやら作戦は裏目に出たみたいだ。プランBに移行する、数尚隊員、プランBだ。ラジャー了解。

「わかった。そこまで言うなら信じる」

「てっ、適当に返事しないで! あなたなんなの!」

「いや、本当だって。少なくとも江原さんは何かを目撃した。幽霊かどうかはわからないけど、その点について異論はないよ」

「ホントですか……?」

「でなきゃ説明つかない。さあ、深呼吸して」江原さんを促して、興奮を鎮める。二回、三回、四回。よし。「もう大丈夫だから。終わったんだよ。小夏を見つけて、すぐにここから出よう」

 彼女が、形容しがたいうめき声を上げながら、泣いた。

 その間、僕はといえば、近くの幹に寄りかかり、しばらく彼女の肩や背中をさすっていた。

 詳しい話は、あとで聞こう。

 それが今じゃないことだけは、僕にも察することができた。


 デリカシーっていつ身につくものなんだろう。

 初めて秘密を持ったときかな。誰かを傷つけてしまったときかな。

 もしかしたら、どこかで神様がバージョンアップのファイルを自動更新してくれているのかも。誰ひとりとして気づかないうちに、無意識のまま人類は進化している。

 ただ、ちょっぴりバグが多いだけで。

 そんなことをつらつらと考えていたら、目の端に動く影を捉えた。

「江原さん」名前を呼んで、両肩を掴む。「今、小夏が森の中を抜けていくのが見えた」

 弾かれたように彼女が顔を上げる。

「やだ、追いかけなくっちゃ。わたしたちを探しているのかも」

「ありえるね。結構なスピードで去ってったし、急ごう。大丈夫? 動ける?」

「はい。行きましょう。どっちですか?」

 あっち、と方角を指さして、先頭に立つ。早歩きで木々の間を抜けていくと、さらに先をゆく小夏の背中を捉えた。どうやらあちらも、慌てているのか焦っているのか、足早に歩いている。小走りと言っていいくらいだ。ぼんやりしていたら、再び見失ってしまうだろう。

 うしろを振り返って、様子を探る。

 江原さんは必死でついてきていた。

 枝が顔にぶつかってくる。

 急がなければ。

 急いで。

 もっと、もっと。

 さあ。

 進むんだ。

 緑と茶色の隙間に、小夏が見え隠れする。

 背中から追われつつ、先ゆく影を追う。

 どうしてこんなに、樹ばかりあるんだ。まったくもう。


 目の前が一瞬、緑で覆われたかと思うと、ガサガサ鳴っていた音が止まった。

 ようやく、僕たちは森を抜けたのだ。

 思わず百八十度、身体を回して「江原さん」と呼びかける。彼女も、はい、と答えた。

「抜けたよ」

「そうですね」

 ふたりとも、呼吸が早い。

 光が眩しい。

「あ、そうだった」

 小夏を追っていたんだった。あいつは一体どこに――。

 正面を向くと、寮の扉へと突進していく姿が見えた。

「なんだよ、あいつ。トイレでも行きたいのかな」

「先輩……。でも、そうかもしれませんね」

 江原さんが同意する。

 適当な思いつきで言ってみただけだったけれど、口にして、我ながら信憑性のある理由だと思った。

 追いかけっこは終わりだ。

「あいつ、寮の中に入っちゃたみたいだし、うちらも戻ろうか」

「はい。見学も、ほとんど一通り回ったと思います。正門のところの噴水広場とか、とりこぼしはありますけど、基本的なスペースはカバーしましたよ」

「じゃあいっか。ありがとう」

「いえいえ! どういたしまして」

「江原さんは夏休み中も校舎で勉強するの?」

「はい、そのつもりです。……気が向いた日は」

「じゃあ、学校で会ったらよろしく」

「はい。こちらこそ、よろしくお願いします」

 軽く会釈をされたので、こちらもそれに倣う。


 寮に入って、ロビーを見渡す。小夏はさっさと部屋に戻ってしまったらしい。有谷さんがいたので尋ねると、ちょうど通りかかったところで、見ていないという。

 見かけたら連絡ちょうだい、とお互いに伝えあって、江原さんと二階で別れた。

 本人抜きに悩んでいたって仕方ない。

 部屋に戻り、ベッドへ大の字に飛び込むと、僕は目をつぶった。身体の末端まで溜まっていた疲労感が、伸びをするたび、ほどけていく。

 今ごろみんな、自室でのんびりしているのだろう。

 あくびをすると、僕は頭を空っぽにしようとつとめた。そしてそれは、上手くいった。もうちょっと言うと、上手く行き過ぎた。次に目を開けたとき、窓の外がすっかり暗くなっていたからだ。

「まいったな」

 一応、レースカーテンくらいは閉めておくか。

 夕食にありつきそびれたかもしない、というのが続いて浮かんだ考えだった。

 洗面台で顔を洗い、ざっと口をゆすぐ。

 さて。

 僕の取り分はまだ残っているだろうか。なにせ、ルーキーには洗礼がつきものだからな。

 階段を下りて食堂へ顔を出すと、大物気取りで遅刻をかます生徒は、僕以外にも何人かいることが判明した。僕がここのコックさんだったら、毎食が冷凍ものになる。きっと作るのがバカらしくなるに決まっているからだ。

 ネームプレートを探し、席に着く。

 ラップのかかったトレーと、見慣れないカプセルが水のそばに置かれている。

 ――そういえば、ナノマシンがどうとか話してたっけ。

 食前に飲むのか、食後に飲むのか、細かい指示はなかった。ちなみに、僕のお腹は食後にしてくれと主張している。理性は決断しかねていたので、野次を飛ばすという形で抵抗した。いつも優位に立っていないと不安なのだ。隙あらば『だから止めたのに』と言いたがる。やっかいなやつだ。

 内側を水滴で曇らせたラップを剥いで、僕は遅めの晩ご飯をとった。料理は思ったよりおいしかった。

 夜の食堂は孤独で、空気は静止している。

 トレーを片付けると、自分のねぐらへ直行する。

 風呂へ入る前にレポートを済ませてしまおう。どうせお腹がいっぱいだと、動くのがだるいし。大浴場へ行こうか、シャワーですませちゃおうか、迷うなぁ。どっちがいいだろう。

 そんなことを考えながら机について、端末の電源を入れる。小さなアラートが、フィラメントの切れかけた電球みたいに点滅している。それは未開封メールの通知だった。

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