表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ギャルゲー異界に放り込まれたとき、絶対知っておきたかった唯一のこと  作者: 花木理葉
第一章 Q:「どこにでもいる普通の高校生」は実在するか否か、理由を併せて述べなさい(24点)
4/6

4.

*前回までのあらすじ:

アキラ叔父さんに学園のことを聞いたあと、寮長と小夏に建物内を案内してもらい、僕は自分の部屋へと着いた。しかしそこへ、さっそく小夏がやってきたのだった

「やめんか」僕は小夏の脳天にチョップした。「したごころあれば、たなごころあり、ってね」

「たなごころ?」

「漢字の、てのひら、って字をそう読むんだよ」中空に人差し指で字を書きながら、説明する。

「ふぅん?」

「情景が浮かぶ、いいフレーズだろ? 想像してみてよ」

 画数が多いから、紙に書かないと伝わらないかも、と思案していたら、彼女がころころ笑った。

「わかるー!」

「そりゃよかった」

 漫画ではよく見かけるものの、現実には彩雲より貴重だろう。まじまじと女の子にぱんつを見られたら、僕が男だからって、そこはやっぱり気恥ずかしい。小夏の悪ノリが、そこまでエスカレートするかは別として。

 ついでに、チョップじゃなくてビンタじゃーん、というツッコミはされなかった。

 何もしないことが、ときとして優しさになる。

「荷開きは夜にでもやるよ。それで?」

「それでって?」

「何か用があるんじゃないの?」

「うーうん?」彼女は首を横に振った。「なんもないよ。一緒にいたかっただけ」

「じゃあ……せっかくだし、机の上にある端末の使い方、教えてくれよ」

 ふたりで放心しながら無為な時間を満喫してもよかったけれど、できるだけ早く新しい環境に慣れておきたかった。

 二つ返事で小夏は請け負って、電源を入れる。

 レクチャーは絡まったコードの様相を呈し、そのたびに僕はかたまりを解きほぐしていった。彼女はなんでもないところから、知恵の輪を生み出す天賦の才能がある。しかし、いい端末は誰にでも同じように使いこなせるものだ。そしてこの学園の端末は、いい端末だった。アキラ叔父さんのすごさを、僕はこういったところで見せつけられる。

 大体使い方を理解したところで、部屋にいるのに飽きたのか、僕をあやすのにうんざりしたのか、小夏が言った。

「そうそう。いい忘れてたんだけどぉ。アリスさん、ここでバイトしてるんだよ」

「アリスさんて、鎖さん? 舞冬ねえのともだちの?」

「うん。システム管理室にいるから、ナオにぃが着いたら顔出せって言われてたの。さっき思い出した。偉い、あたし偉い」

 アリスさんは、フルネームを有栖院鎖ありすいんくさりという。紹介されたとき、小夏は真っ先にアリス! と叫んだけれど、その呼び方は違和感があった。彼女はどう見ても、アリスさんじゃなく、鎖さんという感じだ。不思議の国のアリスで言えば、アリスの姉がしっくりくる。


 廊下に出ると、掃除スタッフが仕事をしていたので、挨拶を交わした。

 一階まで降りて、先程入りそびれたシステム管理室へと向かう。隣の部屋まではかなり距離があり、プレートの文字は米粒みたいだ。小夏はさっさと中へ消えてしまったので、はぐれないよう後へと続く。

 扉の中は、緩衝地帯になっていた。

 何もない小部屋があり、もうひとつ扉がある。僕が入ると、次のドアノブが、閉じようと元の場所へ戻るところだった。

 もう一度、奥へと進む。

 すると、パソコンや机の間に収まる形で、あちこちに人の背中が見える。部屋の広さは二十五坪はあるんじゃないだろうか。結構広い。学園の規模からすると、むしろ小さいのか。ここ一箇所だけとも限らないし、どうも感覚がつかみにくい。よくわからないことだけは、なんとなく理解した。

 室内は、枠のない小さなモニターを複数つなげた、大きいモニターがとにかく目を引く。そこには校庭や、どこかの建物の様子が映し出されていた。

「こっちこっち」

 旗をなくして、所在なさげに風に揺れる支柱みたいに、小さな腕が天井へと伸びる。

 今度の遊びはかくれんぼか、と小夏を見ながら思う。そばまで行くと隣には、見覚えのある女性が座っていた。

「どうも」

「おう、久しぶり」

 鎖さんが、瞳から謎のサインを発していた。僕にはその信号を、言葉へ変換する装置が備わっている。今はちょっと、動作が不安定なだけで。

 ならば、こちらから別のサインを送ろう。

「数度お会いしたとは思えないですね」

「ああ、うん……」彼女が首を傾げる。「うん? それって、わたしの顔を忘れてたって意味か?」

 さすがに小夏とは違うか。

 舞冬ねえの友達だけあって、余計な勘が鋭い。小夏だったら気づかずスルーしただろう。何を考えているのか、当の小夏は無言でニコニコしている。もしかしたら、何も考えていないのかもしれない。

「いやあ、どうでしょう」

 僕は適当に笑って誤魔化した。

 しかし、そうは問屋が卸さない。

「このアイウェアを忘れたとは言わせぬぞ」

 いやに時代がかった口調で、ゴーグルのような形状をしたメガネを外し、鎖さんが掲げる。ドライアイに効果がある、との触れ込みで、売られている製品だ。

「ははぁ~」

 二人しておじぎをした。どうやら小夏も似たようなことを考えていたらしい。視線を感じて、うつむいたまま目だけを動かす。同じ姿勢で、彼女が僕を見たまま口角を上げていた。ニヤリ、と効果音が聞こえた気がする。


 頭をあげると、

「どうせなら、桜吹雪が見たかったよー」

 と小夏が唇を尖らせた。

「刺青は性に合わない」鎖さんがメガネをかけ直しながら、突っぱねる。「だいたい、和服でも男でもないし」

「一肌脱いでほしかったですー」

「もう脱いでるんだけどな……」

「え~っ、どこがぁ?」

「わたしの裸は、バカには見えないんだぞ」

「えぇ~っ!?」小夏がうんうん唸りながら、彼女を凝視する。「見えた!」

「見えたのかよ!」

 反射的に、僕はつっこんでしまった。

「スケスケの、丸見えだよぉ。デュホハフ」

「おまえ、どっから声出してんだよ……」

「見せてるのは、肩だけだからな」自分の腕を抱きながら、鎖さんが身を引く。「全身は見せてないぞ」

 彼女の耳が、心なしか桜色に染まっているのを、僕は発見した。でも、小夏にはもったいない。そっと瓶詰めにして、胸のうちにとどめておく。

 そうやって、どこへ漂流したのか自分でもわからなくなってしまった思い出が、僕にはたくさんある。


砺波となみさーん、ちょっとこのコに、モニターに映ってるもん説明したげて!」椅子を立って、鎖さんが三つほど離れた席の女性に声をかけた。「ほら小夏、行っといでよ」

「ナオにぃ、行こ」

 彼女が僕の袖を引っ張る。

「わたしこいつに用があるから、三分だけ貸してくれる?」

「う~。アリスさんがそう言うなら……」

 不満そうな顔をしたものの、素直に言うことに従う。小夏の長所だと、僕は思う。


 彼女が離れたのを確かめると、鎖さんが声のトーンを落とし、耳打ちをしてきた。

「今のところ、症状は出てないから安心しろ。わたしの仕事は、ここの運営だけじゃない。わかるな?」

「はい。ずいぶんテンション高いんで、平気だろうとは思ってましたけど。でも、どうなんですか? ここへ入学してから、まったく?」

「いや……それが、そうでもない。騒ぎになったのは、なんとか収めた。角笛先生も承知だ」

「アキラ叔父さんも?」

「報告したから当然だ」鎖さんのカーブした眉が、反射的に動く。「お前だって、それで呼ばれたんじゃないのか?」

「いえ、その辺りの事情は知りません」

 答えながら、僕はアキラ叔父さんの言葉を思い出していた。毎日書くレポート。ロイヤル・フレンド。生の声が聞きたい――。

「そうか。小夏もお前には知ってほしくないだろうな」

「入学してから、ずっとチェックしてるんですか」

「わたしが来てから、って意味ならそうだ。つまり、五月くらいからなら」

「それ以前は?」

「知らん。お前こそどうなんだ? 何か聞いてないのか?」

「悲しいくらい何も」

「そうか」

 短い沈黙。僕は、小夏の姿を視界に捉える。彼女は砺波さんの話に頷いていた。

「わたしの連絡先はわかるか? ――いや、ここへ知らせてくれればいい」

 鎖さんから、四つ折りにしたメモを渡される。頷きながら、ポケットへ紙切れを仕舞った。


「こっちも起きてる間は追ってるから、変わったことでもない限りは、用もないだろうけど」

「さみしがらないように、きちんと連絡入れま」語尾を言い終わらないうちに、ジャブがお腹へヒットする。「――すよ。ってか痛っ」

「お前、殴るぞ」

「もう殴ってるじゃないスか」

 ひどいぞ、乱暴者め。

「うるさい。お前も気を遣ってやれよ。わたしじゃなく、小夏にだ。いいな?」

「まず鎖さんが、僕に気を遣ってください」

「いつだってそうしてるさ。お前が気づいてないだけだ」

 冗談で言ったつもりが、真面目な顔をされたのでびっくりした。気を遣ってもらったと感じた覚えは、ほとんどないはずだけれど。どうだったろう。彼女なりのやり方がある、ということなのだろうか。

「僕もそうです」

「ならいい。そんだけだ」

「僕にはモニターに映ってるもの、教えてくれないんですか?」

「必要があれば教えるさ」

 少し迷って、それ以上尋ねなかった。小夏が話さないのに、進んで平らな地面を掘り返し、凸凹に作り変えなくたっていいだろう。


 砺波さんのところへ言って、簡単にここの話を聞かせてもらった。多少、技術的な話もあったけれど、知っている情報ばかりだった。

 小夏も飽きてきたらしく、そわそわしている。

 あんまり仕事の邪魔をしちゃ悪いし、そろそろ戻ろうと思ったとき、ふと壁際の扉へ目がいった。

「そういえば、ここのみなさんって、裏口かどっかから入ってきてるんですか?」

「裏口っていうか、地下だね。通路があるのよ。荷物の搬入口があって、スタッフもそこから」

「じゃあ、同じ建物内にいても、顔を合わせる機会は少ないんですね」

「いやいや」顔の前で両手を振りながら、砺波さんが答える。「わたしたちは、システム管理室の外へは出ないよ」

「そういえば、寮内でアリスさんを見たことないかも」

 小夏が首を傾げる。

 住人ですら知らないのだから、普段から本当に姿を見せないのだろう。

「じゃあ、ご飯やトイレってどうしてるんですか?」

「給湯室や休憩室、レストルームも別にあるから、心配しないで」

 説明しながら、砺波さんが笑った。

「地下、か……」

「学生さんは、基本的に立入禁止の区域だからね。入っちゃダメだよ。だいいち、ここに入れるのも特例措置なんだし。その辺りのこと、ちゃんと解っておいてね」

「はーい。ありがとうございまーす」

 ふたりして、社交辞令を言う。

 舞浜にある遊園地を、僕は思い浮かべた。

 舞台袖は任せて、観客は促されるまま、園内を遊んでいなさい。そういうことだ。

 呼ばれたから来たことは伏せておく。もちろん、鎖さんのために。


 昼食をすませて、今度は外を回ることにした。

 ランチは豪華と慎ましやかを足して二で割った内容だった。他の寮生にも挨拶をしたが、全員が同学年というわけでなし、リアクションは薄い。

 ただ、小夏の同級生の女の子とは少しだけ雑談ができた。江原里江えはら・さとえさんといって、小柄でメガネをかけた、大人しそうな子だ。学園を案内してほしいと頼んだら、困りますと言いつつも、なんだかんだでオーケーしてくれたのだ。ありがたい。

 校舎は夜をのぞけば開いているそうで、正面から堂々と入れるのだという。

 職員室や各種教室、保健室など、設備の新しさは異なるものの、自分の学校と似たようなものだ。もしかすると、あえてそうしているのかな、と勘ぐってしまうほどだ。理想郷学園も、いつか自分の学校と呼ぶ日が訪れるだろうか。通っているうちに慣れてくるから、と暗示をかけ続けているが、まだ効果は弱い。数尚少年は、どうやら学校を女の子か何かと勘違いしているらしい。自ら少年を自称するのもどうなんだ、とは思うけれど。

 女の子といえば、江原さんは質問すれば答えてくれる。しかし、あまり進んで話をしてくれない。僕が彼女と何を話せばいいのか迷っていると、知ってか知らずか、小夏が助け舟を出してくれた。もしかして、と思ったので、本人に尋ねてみる。

「江原さん、僕はなんだか君が、君こそが学校のような気さえしてきたよ」

「ナオにぃは気が狂ってるの。気にしちゃダメだよ、さとちん」

「は、はい」

 小夏の発言もひどいが、さらっと江原さんもひどい。

「そこは認めるんだ」

「えっ? あっ? え! ごご、ごめんなさい」慌てて江原さんが頭を下げる。

「いいんだ、いいんだよ。僕たちのレッスンは始まったばかりだ」

 小夏が感心した声で「ナオにぃ、気持ち悪いね」と言った。地味にショックだったので、素直にすいませんと謝ってしまった。不覚だ。不覚である。僕がひとつ上の学年にあたるから、何を話していいかわからないんじゃないか、とようやく思い至る。

 校舎を出て、校庭と体育館を横目に、部室棟をざっと流す。

 購買部でお菓子を買って、食堂で休憩した。途中、何のためにあるのかわからない建物があったけれど、小夏によれば生徒は立入禁止の場所だそうで、おそらくスタッフルームなんじゃないかと思う。

 寮へ戻ってくる道で、いよいよ僕は話すことがなくなり、苦し紛れにふたりに訊いた。

「あの森の中は、どうなってるの? 寮の正面にある――」

もし楽しんでいただけたら、お気に入り登録や、評価・感想などいただけると、励みになります。お手数ですが、よろしくお願いします

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ