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ギャルゲー異界に放り込まれたとき、絶対知っておきたかった唯一のこと  作者: 花木理葉
第一章 Q:「どこにでもいる普通の高校生」は実在するか否か、理由を併せて述べなさい(24点)
3/6

3.

*前回までのあらすじ:

理想郷学園の理事長をしている叔父と再会した僕は、彼の娘である小夏や、謎の女性と共に、話を聞くことになったのだった

「まずは、今回の話を引き受けてくれてありがとう。この通り、礼を言うよ」

 アキラ叔父さんが座ったまま、膝に両手を置いて頭を下げる。

「いえいえ、そんな」

 僕と小夏もソファーに腰掛けたが、もうひとりは立ったままだ。彼女は大丈夫、と小夏が言うので、消化不良な感情は、そのまま棚上げしてしまった。まあ、座りたくなったら座るだろうし。

「君も小耳に挟んでいるだろうが、お偉いさんの首を縦に振らせるには、少々時間が必要でね。彼らはとても臆病なんだ。新参者には、誰だって警戒心を抱く。当然の反応だな。だから心配しないでくれ。現時点では、ここは学校じゃない。私塾みたいなものだ」アキラ叔父さんが一呼吸入れて、微笑む。「どうか固くならずに気楽に通ってくれ。学校の認可を得ても、このスタンスはできるだけ維持したいと思っている」

「はい」

「この学園の特徴はね、ヴァーチャル・リアリティを実現しているところなんだ。したがって、通う生徒は大きく三種類にわけられる。ひとつは仮想現実、つまりVRキャラクター」目の前で、人差し指が一を形作る。「これは人工知能だ。そこにいる彼女がそうだ」

「ああ……なるほど」

 それで、腕輪をした途端に現れたのか。言ってしまえばデータの塊だから、疲れ知らず、実態のないロボットみたいなものだ。3Dキャラを現実に実体化させたものなのだろう。

 存在感は、実物の人間と何ら変わりがない。だからなのか、僕は不思議と落ちついて受け入れられた。あまりに自然で、息遣いさえ感じられそうだった。

「次に」中指がアキラ叔父さんの拳から伸びて、ピースサインの形になる。「オンラインユーザー。見かけ上はVRキャラと同じだ。ただし、ネットワークの先には生きた人間がいて、立体像を操作している。ログインすればぱっと現れ、ログアウトすれば消えてしまうから、最初は驚くかもしれん。この辺りは慣れだな」

 何がおかしいのか、声を上げて彼は笑った。

「最後に数尚くんや小夏」指が数字の三を表す。「つまり、生身の人間だ。これは君たちのように、寮生活を送るものが中心だよ。なにせ普通は通学する必要がないからな。オンラインで事足りてしまうというわけだ」


「ま、寮生活については他の者に訊いてくれ。数尚くんに必要な物はすべて用意させよう。いつでも言ってくれ。その代わり、毎日必ず、メールでレポートを提出して欲しい。今日からだ」

 アキラ叔父さんが上着の内ポケットから、名刺入れを取り出した。

 そして白いカードを一枚、僕に手渡す。

「そこにあるアドレスに頼む。困ったらこの名刺を使ってくれ。フリーパスだ。敷地内なら、大抵の話は聞いてもらえるだろう。ひと通りの連絡先が書いてある。それからレポートの内容や文字数は自由だ。数文字、一行でもかまわん。その日、何があったか、どう思ったか、どう感じたか、どこが気に入ってどこが不便か、悩み相談でもいいし、愚痴でも結構。考えたこと、勉強について、本当になんでもいい。数尚くんというレンズを通して経験したり、目にしたものを教えてくれ。くれぐれも――ずるをして、自動文書作成ソフトや自動送信ソフトは使わないでほしい」

「自動送信もダメなんですか?」ずるだなんて、大げさな。

「君がどんな生活サイクルを送っていようと、一切口出しはしない。しかし本人が書いて、本人が送信した、という点は重視する。自由を保証する条件として、とにかく俺にだけは、バカがつくほど愚直に、正直でいてほしい」

 僕の目をのぞき込む瞳には、力強い光が宿っていた。


 自動送信プログラムを探したり、自分で作ることになったとしたら、そちらの方が勤勉だと思う。手動ならまじめ、という価値観はこの学園の存在と相反するのに。

 小さな矛盾だし、理不尽といえば理不尽な要求ながら、まあ、それで気が済むなら、しょうがない。生活を保証してくれる担保のひとつだと考えよう。

 気持ちを顔に出さないよう労力を払って、僕は受け入れた。

「君を信頼しているから、理想郷学園へ呼んだんだ。数尚くん」

「はい……」

 アキラ叔父さんから発せられる圧力が、壁となって僕にのしかかる。しかし、不快な感じはしなかった。


「端末は部屋に用意してある。それと、最後にもうひとつだけ。うちは強制じゃないんだが、ロイヤル・フレンド・システムというものを推奨していてね」

「ロイヤル、ですか?」

「頭がLで始まる方のロイヤルだよ。誠実な友人――ロイヤル・フレンドだ」

 Rで始まる、王室の方のロイヤルしか聞いたことがない。親友とは違うのかな。耳慣れない響きだ。

 僕はどうやら、ぽかんとした顔をしていたらしい。

 目の前でアキラ叔父さんが微笑む。

「学校生活で一人の友人もできないというのでは、思春期の人格形成に関わる。何より当人がつらい思いをするだろうし、学校は勉学だけでなく、コミュニケーションについても学ぶ場を担っていると、本学は考える。ま、友達なんぞ自然にできる、なんて言う人もいるがね、そういう点じゃ、私も変わらん。おせっかいで保守的な大人さ」

「いえ……」

 反射的に否定してしまったものの、学校経営をしようなんて人物は、多かれ少なかれ、みんなそういう性分を持っているはずだ。

 僕の合いの手を気にした様子を見せず、話は続く。

「また思春期には心と身体の悩みを抱えやすいものだ。が、安心して話せる相手というのはなかなかいない。養護担当の先生やカウンセラーもいるにはいる。一応な。ただ、一番話しやすいのは心を許した相手ではないだろうか。青少年にとっては、同じくらいの年齢の方が、より望ましいだろう。プロフェッショナルじゃないからこそ、肩の力を抜いて愚痴をこぼせるということもある。そういったわけで、可能な限り――VRキャラでも同級生でもいいが――在学中にパートナーを設定してほしい。ただし強制ではないから、無理に親しくなる必要はないし、どうつきあってもいい。そもそも双方の合意が必要だ。この件についても、数尚くん、君に任せる。もしロイヤル・フレンドができたら教えてくれ」

 腕組みをして、彼は笑った。

 何がおかしいのかわからなかったけれど、僕もお付き合いで愛想笑いをする。


「ざっとそんなところか」そう言ってアキラ叔父さんは腕時計を見た。「思ったより押してるな」

「押してる?」

「すまない、実は無理を言って車を待たせてあるんだ。君に会って話がしたかったからね。スケジュールがあると言ったろう」

「ああ、そうでしたっけ」

「じゃ、レポート、忘れずにな」

 彼が立ち上がったので、遅れて僕もならう。

「はい。あっ」

「どうした?」

「どうしてアキラ叔父さんはここへ僕を呼んだんです?」

「なあに、生の声、体験談、データが欲しかったのさ。この学園自体が、巨大な実験装置みたいなものだからな。じゃ、夏休みを楽しんでくれ」

 握手はなし。見送りのため、玄関までいって、手を振った。小夏と長髪の女の人が「行ってらっしゃい」と声を揃える。

 僕は何て言ったらいいのかわからなかったから、微笑みを浮かべるに留めておいた。


 彼が去ったのをたしかめて、僕たち三人は再び建物の中へと戻る。

「自己紹介がまだでしたね」

 長髪の方が、立ち止まって言った。彼女は髪留めで後ろがY字になっている。触れたら、さらさらと流れそうなほどつややかだ。そう見えるようにデザインされている、というだけなのか、本当にそうなっているのかはわからない。いつか、確かめられる日がくるだろうか。

「わたくし、寮長の有谷瀬里子ありや・せりこと申します。今後ともよろしくお願いいたします」

「こちらこそ」

 彼女の態度に合わせ、かしこまって一礼する。

「固いよー。そんなんじゃコチコチになっちゃうよ」小夏が退屈そうに言った。

「なんだよ、コチコチって。氷像じゃあるまいし」

「まだ凍ってないから、そんなこと言えるんだよ。そのうち肩のあたりから動かなくなって、目や腰にまで痛みが……ひょえ~!」

「それは単に疲れてるだけだ」

 ふふふ、と有谷さんが笑う。

 頬が熱くなるのに抵抗しようと、僕は尋ねた。

「薄々感づいてたんだけど、ずっと聞きそびれてたから、確認していい?」

「どうぞ」

 小夏に訊いたつもりだったが、有谷さんが答えたので、口調を戻す。

「この建物が学生寮なんですか?」

「そだよ。言わなかったっけ」

 しかし有谷さんがしゃべる前に、小夏が答えた。

 ――いや、別にどっちが教えてくれてもいいけど。


「ここへくるとき……昨日なんだけど。父さんが、念願の一人暮らしだぞー、とかなんとか言ってたから。てっきりマンションとか、アパートでもいいんだけど、寮ってそんなイメージあるだろ」

「部屋は独立していて、浴室は全室に完備されてますよ」有谷さんが体の前で手を組んだ。

「実際は半共同生活って感じかなぁ。ご飯は食堂で食べるし、大浴場もあるし、いいじゃん。これから三人で見て回るんだから。ナオにぃに、手取り足取り教えてあ・げ・るっ」

「何をだ」

「え~? 洗濯機の使い方とか? 浴室は全部屋あるけど、洗濯機はさすがに共同だし」

「はいはい、ありがとさん」僕は投げやりに言った。

「大切でしょ! そういうの!」

「そうだな、その通りだ。小夏の脳も丸洗いしてやりたいよ」

「なぬー! これ以上ふわふわ仕上げになったらどうしてくれる!」

「ピンと張って、シワがなくなるまで、まっさらにしてあげようね」

「ナオにぃ、ひどい!」

 僕は抗議の拳をひらりとかわす。小夏の腕は行き場をなくし、宙を掻いた。


「そろそろ参りましょうか。数尚さまも、ご自分のお部屋をご覧になりたいでしょう」

 きりがないと踏んだのか、有谷さんが先頭となって歩き始める。外観はレトロなのに、中身はまるでホテルだ。食堂や大浴場、ランドリー室のレクチャーを受け、遊戯室やサロンといった場所を案内された。マッサージチェアに給湯室。一応、公衆電話もある。清掃や調理は、専門のスタッフが行う。わからないことはいつでも、何度でも尋ねてください、と有谷さんは言った。

 彼女の部屋は一階の左手にあり、廊下の向かいはシステム管理室などがある。さすがに、どちらも室内までは案内してもらえなかった。だからといって秘密にしているわけではなく、見学は自由との話だ。

 知り合いがいなければ、今日から頼る可能性は高かっただろうけれど、小夏に訊けばほとんど用は足りるはずだ。

 僕の部屋は二階の右角で、日当たりの良い立地だった。いや、日照だってコントロールされているわけだから、あまり関係ないかもしれない。でも優遇されている様子は、なんとなく察せられた。樹が植えられ、窓の外は視界が遮られている。ここにいる間は、学校を忘れられるよう配慮が行き届いている。あまりに快適すぎて、怖いくらいだ。こんな素晴らしいところに、自分なんかがいていいのだろうか。


 小夏は中央階段にほど近い場所に、部屋を構えていた。

 聞くところによれば、どの部屋もつくりは一緒らしい。

 ひと通り回ると食堂へ戻り、三人で昼食を囲んだ。有谷さんも食べているふりをしていたが、あくまでポーズだと言う。実際にはバックグラウンドでデータ処理などを行っていて、本人は食事の雰囲気を味わっているそうだ。

 食後は解散し、僕は新しい居場所へと収まった。

 案内されている最中、学生の姿をほとんど見かけなかった。正確に言えば、ひとりだけ挨拶をしたのだけれど、学年がひとつ上だそうで、おそらくこの寮内でしか会う機会はないんじゃないか、という気がする。

 有谷さんによれば、寮生は二十四時間、いつでも建物に出入り可能で、そもそもオンラインユーザーと生身の寮生では立ち入れるエリアが異なっている。VRは、役割によって違うそうだ。ここへ来たとき通った噴水広場はフリースペースで、誰でも出入り自由。ただし、オンラインユーザーはメニューからコマンドを選択して、移動しなければならない。広場から、彼らは車道へ侵入できないのだ。

 入退にはサインが現れるけれど、ワープして見えるから、すっごく不思議な光景だよと小夏は言った。

「それにしてもナオにぃ、荷物少ないねぇ」

「そうか? これでも多すぎたかもって思ってるんだけど。大体まだ何もないのに、部屋きて楽しいか?」

「これからナオにぃのぱんつ漁るんだよ」げへぐへへ、と年頃の女の子からはまず聞けないであろう声が漏れる。

「へ、へ、へ、変態だー!」

「あたしはっ! このときを待っていたのだあ!!」


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