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ギャルゲー異界に放り込まれたとき、絶対知っておきたかった唯一のこと  作者: 花木理葉
第一章 Q:「どこにでもいる普通の高校生」は実在するか否か、理由を併せて述べなさい(24点)
1/6

1.

「私はあなたのことをよく知らないし、あなたは私のことをまったく知らない。普通なら私は見ず知らずの相手に忠告を与えたりはしません。しかしミス・オファーメイ・クエストの短期集中講座を受講したものとして、今そのルールを破ろうと思います(後略)」


<『リトル・シスター(The Little Sister)』 レイモンド・チャンドラー 著 / 村上春樹 訳  早川書房刊>

 はじめに断っておくことがあるとするなら、僕は「どこにでもいる普通の高校生」でもなければ、「授業中を寝て過ごし、一日が終わってしまう学園生活」を毎日送っているわけでもじゃない。ただ多少、特殊な部類には入るだろう。何も自分が神に選ばれた人間だとか、はたまた変わり者や変態を自称しているわけではないのは、ご了解願いたい。


 そもそもこの学園に望んで入学したわけじゃないのだ。コネというか、権力というか、いやいや、もうちょっとフラットに、後見人の強い後押しがあった、ということ。ぶっちゃけ、ほとんど裏口入学みたいなもので、この理想郷学園に転入してきた。まじめにテストを受けてパスしたみんな、クラスメイトにも、ごめん。この場を借りて、こっそり謝っておこう。許してもらえるとも思えないし、別に口外するつもりはナッシングだから、プチ懺悔みたいなもんだ。良心が痛むけれど、というのは真っ赤な嘘だが、文句なら理事長に言って欲しい。


 なぜかといえば、そもそもその理事長のせいで、せっかくコツコツ勉強し、緊張に耐えて合格をもぎ取った学園から泣く泣く引き離されるハメになったからだ。一学期も終わり、クラスメイトと打ち解けてきた手応えを、僕は進研ゼミのマンガみたいに感じていた。


 そこに悪魔が微笑みを携えて現れた。そう、あれは人間の皮を被った悪魔だ。しかもご丁寧に二体。

「かずなお、数尚。今日は大事な話がある」

「なんだよ二人して」

 終業式の晩だ。珍しく父さんも休みだし、家族揃って外食でもするのだろうか。それにしては、雰囲気が妙な気がする。

 リビングには電気が点けられ、家族が三人だけで、テーブルをはさみ向かい合っていた。

 夏の日は長い。とはいえ、すでに太陽は隠れつつあり、暗がりが勢力を伸ばしている。カーテンを引いて、だらだらとワイドショーを眺めながら、テレビゲームをやろうかどうしようか、僕は迷っていた。そこに招集がかかったというわけだ。

 母さんが僕と自分の分のグラスを用意し、麦茶を注いでくれた。父さんの前では、コーヒーカップが湯気を立てている。中身が半分ほど減っていたが、おかわりは断ったようだ。冷房がかかっていたけれど、涼しいという程でもない。温かい飲み物なんてよく飲むなぁ、と僕は父さんのカップを見ながら思った。

 外食云々を期待したのは、間違いだったみたいだ。改まって、どんな話だろう。期末テストの点数は、叱責されるほど酷くなかったはずなんだけど……何か、やらかしたっけな。記憶を辿りつつ、僕は自分の過去の所業を振り返っていた。

 しかし、思い当たるほどの失態があったら、とっくに冷や汗をかいている。なんというか、そういった、やらかしたときというのは、なぜか二人とも察知していて、謎のプレッシャーをかけてくる。今日は無言の圧力を感じない。


「うん。父さんの弟は知ってるな?」

「アキラ叔父さんでしょ?」

「そうそう。よく覚えてるわね」母さんは、よくわからないポイントで僕を褒める。「そのアキラ叔父さんね、施設を経営してるのよ」

「ふ~ん。なんか、以前そんな話を聞いたような……それがどうかした?」

 今ひとつ、話の流れが掴めない。なにゆえ、ここにいない叔父さんが話題にのぼるんだ。

「この度、その一環として学校を経営することになってな。正確には、その認可を得ようとしている段階なんだが……お前には、夏休みから一足先に、転入してもらうことになった」

「は?」

「驚くのはまだ早いぞ。とうとうお前も、晴れて憧れの一人暮らしだ。よかったな」

「はあぁぁぁ!?」

「親元を離れ、一人で暮らす。自由――そうだ、自由だ。年頃の少年少女なら一度は憧れる、現実的な夢だな。いやなに、経済的支援は全面的にアキラがしてくれるから心配無用だ。わたしたちも、お前の楽しい一人暮らしの邪魔は、できる限りしないように努めるつもりだよ」

 コーヒーカップの残りへ、父さんが口をつける。

 余裕の態度が、少し癇に障った。ホイホイそうですかって頷けるかい。とにかくこの場は、言い返さなきゃならない。口を挟んで、会話に待ったをかけなければ。

「いや、そういう問題じゃ」

「なおくん」母さんが満面の笑みで言い放つ。「大人の世界へようこそ」

「わたしたちもできるだけ早く子離れしようと努力するつもりではいる。しかし、たま~に抜き打ちで様子を見に行くくらいは許してほしい。話は以上だ」


「さみしくなるわね……」母さんが、よよよ、と泣きマネをした。「でもこれだけは忘れないで。どこにいたって、お母さんたちはなおくんの家族なのよ」

「明日から寮へ入ってもらう。迎えを寄越すと言っているから、今晩中に支度をしておくんだぞ。明後日から授業だからな。ま、夏期講習だと思ってがんばれ」

「いやいやいや! そういう問題じゃないでしょ! 僕の意思は? 僕の夏休みは?」

 待ってくれ、同意なんてした覚えないぞ。オーケーした風で話が進んでるけど、これっぽっちも了承しちゃいない。夏なのに熱いコーヒーを飲んで、父さんは頭の中まで液状化してるんじゃないのか。

「夏期講習は夏休み中にするものだ。アキラの胸を借りて、いっぱい勉強してこい」

「冗談でしょ? え? 本当に?」

「洗面道具とか枕とか、使い慣れたものでないとイヤだったら、自分のを持って行くのよ」

「教科書も忘れずに、全部持っていけよ。必要な物はすべて用意すると言っていたが、念には念を入れておけ。初日から取り残されるのは辛かろう。わかったら支度をしてこい」

「晩ご飯できたら、呼びに行くからね。それまでは、服とか下着とか、ちゃんと準備するのよ」


「っていうか――」

 父さんが、ぐいっと残りのコーヒーを飲み干し、テーブルへカップを叩きつけた。陶器と木材がぶつかり、大きな音を立てる。

 ひゃっ、と母さんが小さく悲鳴を上げた。

「おっと、すまない。ついつい力が入ってしまった」

「僕の……意思は……」

 気圧されて、語尾が気持ちと同じく、半透明にかすむ。

「高校は義務教育ではない。だからといって、お前を高校に通わせず、社会へ放り出すなんて真似は親としてできん。そこはわかってくれるな?」

 僕は無言で頷いた。

「しかし、お前は当たり前のように受験をして、高校へ入学した。そこに疑問の余地はなかった。違うか?」

「いや……違わ、ない、と思う。高校へ行く気だったし、実際通ってるし……今は夏休みだけど」

「うん。同意見だ。それでいい。ただ!」

「ただ?」


「はっきり言っておく。自分から得ようとしない者にも、地球は、自然は、神はやさしい。何もしなくとも、誰に認められなくとも、そこにいていい、と許してくれる。それを赦さないのは、人間だけだ」

 これは何の話なんだろう。父さんは、何が言いたいんだ。

 反発心こそ鳴りを潜めたものの、困惑が胸を支配する。僕は父さんの精神科医じゃないぞ。

「あるがまま、そこにいてもいいと言うためには、赦さない人間に対して勝たなければならない。負けてしまえば、それは赦されない行為になってしまうからだ。だから勝ってこそ、初めて自由が得られる。どんな人間でも、役立たずなど赦さないという人間を含めて、そこにいてもいいと言える権利を手にできる。わかるか?」

「うん……」

「世界は、得ようとしなければ、世界にはならない。人は、得てこそ、人でいられる。中学までは、社会から義務教育を与えられている。それは、お前が守られる者だったからだ。しかし高校へ入ったのは、お前の力だ。もちろん経済的なサポートはしているが――これからお前は、得て、守る側になっていく」

「あなた。話が抽象的すぎて、なおくんがポカンとしてるわよ」

「おぉ! すまんすまん。つい熱くなってしまった。とにかくな、お前をいっちょまえの人間として育てたい、という親心だ。平たく言えば、俺と母さんのわがままなんだが、赦せ」

「えっ? 全然何言ってるか、わかんないんだけど……」

「もうアキラと話はついている。お前の意思なんてどうでもいい、というのは言い過ぎかもしれんが、拒否権はないぞ。準備費用から、うちへの融通まで、ぜ~んぶ出してもらったからな」

「融通って?」

「金だよ、お・か・ね。お前以外の家族はこの夏休み、海外でバカンスだ。明日からカナダやイギリス、ヨーロッパを回ってくる予定なんだ。家は丸ごと閉鎖していくから、なおの居場所はないぞ。ガスに電気、水道も止まる。なぁに、土産なら買ってくるから、安心して勉学に励め」


「まったく、全然、これっぽっちも信じられないんだけど……ホント? それ本気で言ってるの?」

 それとも暑さでどこかおかしくなったの? とはさすがに言えなかった。

 もしかしたら、あまりの理解力の低さに、僕の方がラリってると思われるかもしれないからだ。

「本当だ。嘘をついてどうする。水面下で相談を受けていたんだが、ずっと話しそびれていてな。ようやく言えてスッキリした。今日はよく眠れそうだ」

「もっと言うとさっきの話、ほとんど理解してないんだけど、僕は少なくとも夏休み中、家から締め出されるってことでいいの?」

「そうだ。夏の間、お前の居場所は、この家にはない。バカンスが終わったら、顔を見に行くから、そう不安がるな。とにかく、ちゃんと支度しとけよ」

「さみしくなるわね」母さんがつぶやいた。「でも、楽しみ」

「俺は仕事半分だから、なおと似たようなもんだ」ガハハと、父さんが歯をのぞかせて笑う。「アキラは、ゆくゆくは海外も視野に入れているらしいぞ。ま、俺の仕事とはあまり関係ないし、何年先になるかはわからんが」

「マジかよ……マジかよ……」

 狐につままれた気分で、思わず立ち上がる。すべてが遠い世界の出来事みたいに感じられた。少し遅れて母さんが椅子から離れた。もう話は終わりなんだ、と悟る。まるで自分の人生じゃないみたいだ。一体どうなってるんだ。アキラ叔父さんは、どういうつもりでそんな話を――。僕の知らないところで、僕の人生が動いていく。肝心なことはいつだって、こちらが訊かなきゃ誰も教えてくれない。


 洗礼を浴び、ふらつく足取りでリビングを出ていこうとすると、父さんがふいに謝った。

「すまんな、数尚。急な決断になってしまったが、悪いようにはならないはずだ」

「そういえば」あまりのことに停止していた思考が、ゆるゆると回り出す。「夏期講習のつもりで、って言ったよね?」

「まあ、そうだな」

 僕はその場で振り返った。母さんはもう、キッチンで仕事に取り掛かり始めている。

「それってつまり、夏休み中だけ通うってこと?」

「おそらく、秋になっても通うことになるだろう。言わなかったか? 学校の認可を得ようとしている段階で、正式には認められてないんだよ。だからしばらくは、同時に二つの学校へ通うことになる。今、通っているところとも話はついてるから、余計な心配は無用だ」

「そう……」

 回り出した頭が、再び停止する。

 いつの間に。先生たちは一言もこの件について触れなかった。僕のいない場所で、語られていたのかもしれない。あるいは僕がすべて了解の上で、普通にしていると受け止められていたのだろうか。

 自分の部屋へ戻り、下着や学校で使っている教科書、ノート、ペンケースなど一式をまとめる。

 壁にハンガーごと吊り下げられた制服を見て、そういえば、と思った。

 私服でいいのか、制服を着るべきなのか、聞きそびれた。

 鞄は、靴は、どうなってるんだろう。

 持っていくものをリストアップするついでに、不明な点について、もう一度訊いておかないと。


 バタバタと準備しているうちに夕飯となり、何をしているわけでもないのに、夜が更けていく。

 気づけば布団の上で、大の字になっていた。

 こういうとき、普通は緊張で眠れないものなんだろうな、なんて無意味な想像を働かせているうちに、意識が途切れた。朝起きて、布団を片付けながら、寝つく前のことを回想してようやく、自分がどうやって眠ったのか、不思議に感じたくらいだ。

 ま、眠くなれば寝るよな、と勝手に結論づけて、朝食をとる。

 夏休み最初で最後かもしれない家族団らんだと思うと、見慣れた光景がなぜか感慨深かった。まるで死亡フラグみたいだ。

 一足先に、荷物を持って家の外へ出る。

 今年の梅雨は、雨が少ないらしい。天気予報通り、朝から日差しがある。じりじりと昼にかけて、気温が上がっていく予感に、肌が熱を帯びた。

 家族を見送ってから携帯端末で時間を潰していると、家の前の道に、黒塗りのセダンが停車した。僕は迎えがきたと直感する。もちろん、まだ亡くなるつもりはない。始まってすらいないのだから。

 後ろ半分の窓には黒いスモークフィルムが貼られ、ボディはぴかぴかに磨き上げられていた。

 誰も降りてこないまま、後部座席のドアが静かに開く。

「あの……」

「おはよう、ナオにぃ。久しぶりっ。ささ、遠慮せずに乗って乗って!」

 車内の影から、ピンクに塗られた爪と白い手のひらが、ひらひらと僕を誘っていた。

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