夏の逆三角形
「おっはよーございまーす! おっ、ちゃんと白いTシャツ着て来ましたね!」
8月の中旬、8時前の大船駅のコンコース。開店前の駅ビル付近で、僕は衣笠さんと落ち合った。
外はカンカン照り、行き交う自動車の音が余計に暑苦しさを際立てる。
不規則勤務の僕や衣笠さんには無関係だが、世間はお盆休み。行楽や帰省目的とみられる人が目立つ。普段なら通勤客が目立つこの時間も家族連れやラフな格好をした人が多い。
きょう衣笠さんと出かける目的は、仕事でもデートでもない。
パシリだ。
僕がパシられる側だ。
なおこの後、都内の目的地で百合丘さんと合流予定。彼女のパシリも兼ねている、一人二役だ。
「すみません、どれくらい待ちました?」
僕は約束時間の15分前に到着したが、衣笠さんは既に僕とほぼペアルックのデニムジーンズと、フリルの付いた白いシャツ姿で駅舎の支柱にもたれ掛かっていた。
ペアルックにしたのは仲良しアピールのためではない。これから向かう場所が灼熱地獄で、黒や濃い色の服は熱を吸収し危険を伴うからなのだとか。
「1万2千年くらい待ちましたよ!」
「あぁ、名曲ですよね」
「本当は12分です」
「けっこう持たせちゃったな」
「ふふふーん、女性をそんなに待たせてどうします? 12万円分くらいのプレゼントくれちゃいます?」
「百合丘さんと仲良くなって毒されたのかな?」
「いっ、いえいえ! 花梨ちゃんはいいこです、よー!?」
言葉とは裏腹に、衣笠さんは目を泳がせ言葉を詰まらせている。
「衣笠さんは正直ですね」
「はい! 花梨ちゃんは本当にいいこですよー! さあ! そろそろ電車に乗りましょー!」
湘南新宿ラインと東京臨海高速鉄道りんかい線を乗り継ぎ、降り立ったのは国際展示場駅。地下駅で、ほぼ満員の電車からほとんどの旅客がこの駅で下車した。ホームから地上へ続く長いエスカレーターの前では駅係員が「割り込まずに後ろへ回って順序よく乗ってください!」と、拡声器を使用し語気を強めていた。
天井が高く、曇りガラスからほどよく採光され開放的で明るい改札口を出ると、なぜだかそわそわしている若者が目立つ人の流れは駅舎の右へ。コンビニエンスストアの前には携帯電話会社やオークション会社のスタッフが団扇や、棒状のうまいスナック菓子を配布している。
しかし、すごい人の群れだ。僕が勤務する駅の周辺にも野球場やイベント会場はあるが、それを遥かに凌駕する、人人人。1日あたり約20万人が訪れる物語を中心とした創作物の展示イベントにおいて、頒布される本やグッズの買い物を手伝ってほしいと衣笠さんに懇願されやって来たのだが、出版不況といわれるこのご時世でこれだけの需要があるものか。
「さあさあキビキビ歩いてください! 鉄道と同じく、ここでは安全かつスピーディーが正義です! 各駅停車のようにゆっくり歩いている人は特急のごとく追い抜かなければなりません! 但し走らずに! それが安全円滑なイベント運営と、お目当ての品をより確実に入手する術なのです! それでも欲しいものはあまり、いえ、ほとんど入手できません! それくらい人気のイベントです! あと、水分補給はこまめに、タオルを首に巻く場合は必ず水で濡らして!」
言われた通り、僕らは先行する人の隙間を縫ってどんどん追い抜いてゆく。トロそうな衣笠さんだが実はかなりの機敏性を備えているのは出会ってからの4ヶ月で重々承知している。
抜き去った人々の会話の中には、「おっぺす」、「なかとよ」、「だら!」といった聞き慣れない言葉や、「メイエキ」、「シーサイドドライブイン」など、遥か彼方の施設名もあった。また、外国人の姿も散見される。関東一円のみでなく、世界から人が集結するイベントなのかと僕は感心した。
お読みいただき誠にありがとうございます!
8月ということで、ちょうど物語の進行と実際のイベント時期が重なりました。
悠生たちの勤める駅や路線周辺もイベント会場が多く、花梨や英利奈もそういった特殊な人混みには慣れっこで、アニメ『Re:CREATORS』でも本作と同じ沿線施設が描かれています。先週の放送では新横浜駅か隣の小机駅に多くのイベント参加者が到着するシーンがありました。
当該アニメ作品ではよく創作について考えさせられますが、拙作におきましてはサブを含めキャラクター一人ひとりを最大限に活かし、彼らの人格を尊重してゆく方針です。




