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未来がずっと、ありますように  作者: おじぃ
動き出した日々

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駅のスタンプラリー

「おはよう。そわそわしてどうしたの?」


「おはようございます。そろそろスタンプラリーのお時間が……」


 窓口の発券端末マルス前で座ったままそわそわしていると、私と交代予定のえりちゃんのお出まし。まだ8時50分だから、所定の10分前。さすがえりちゃん。普通は5分前交代なのに、いつも余裕を持って出てきてくれる。


「そうね。ちょっと早いけど、スタンプ台、そろそろ出す?」


「え!? 私が出すんですか!? 台重たいからてっきり本牧さんが出してくれるものだと」


「あのひ弱な男一人に持たせるの?」


「ひ弱って言っても未来ちゃんを背負ってホームから這い上がって来るくらいの力はありますよ? 体型だってそんな弱そうにも見えないような」


「男なのに小さな女の子くらい背負えなくてどうするの?」


「あ、えと、もしかして私、なんか気に障ること言いました?」


「いいえ、特に何も」


「そうですか、それなら良かったですけど、ね」


「何? 言いたいことでもあるの?」


「いえいえ、あ、もう交代の時間。それではあとはお願いします。お先に失礼いたします」


「おつかれさま」


 言って席を立った私は切れかけの蛍光灯が照らす薄暗い通路を経由し休憩室へ引っ込むと、同じタイミングでホームの監視業務を終えた本牧さんと鉢合わせた。


「おつかれさま。ちょうど良かった、最後にスタンプ台、出しておいてくれる?」


「え、本牧さんホントに弱いんですか?」


 まさか私一人に運ばせるとは。もしかして接客中に股間蹴られてとても物を運ぶ余裕がないとか?


「ホントに弱い?」


「いえ、なんでも」


 スタンプ台は通用口の脇に置いてあって、重量は学校の教室で使う机よりちょっと重いくらい。ポスターのある改札口設置場所まではほんの数メートルで、男なら一人でも余裕で持ち運べると思う。


 敢えて訊かないけど、もしほんとうに股間を蹴られたとしたら仕方ないかと一人で台を持ち上げ、本牧さんは通用扉を開いて私を改札口外へ通した。


 通勤時間帯の人混みを抜け数メートル。スタンプ台は女の私でも簡単に持ち運び設置できた。


「花梨ちゃん!」


 聞き覚えのある声。その主はどこからともなく私のそばに寄って来た。未来ちゃんだ。


「おはよう未来ちゃん! いまから出社?」


「ううん、外回り。でもその前に」


 と、未来ちゃんは鞄からスタンプ台紙を取り出して、私に見せた。


「わー! ありがとう! お客さま第1号だ!」


「えっへん! 待ち伏せしていました」


 さっそく未来ちゃんは台紙を広げ、スタンプをずしっと力強く押した。


「うわぁ、力み過ぎてブレちゃった」


「あらら、これ、あんまり力まないでサッと押すのがコツなの」


「え、そうなの!? なら先に言ってくれればいいのに!」


「ごめんごめん」


「次の駅からはそうしてみる! じゃあそろそろお仕事行くね!」


「うん! ありがとう!」


 まもなく未来ちゃんは朝の雑踏に紛れ、姿が見えなくなった。


 さて、きょうはどれくらいの人が来てくれるかな?


 結果は夕方にならないとわからないけど、そこそこ来てくれたらいいな。


「あの、押していいですか!?」


「あ、はい! どうぞ!」


 びっくりしたぁ。


 一歩引いてスタンプ台を俯瞰しようとしたとき、背後からとある有名な美少女キャラクターがプリントされているTシャツを着た小太りの男性が背後から興奮気味に声をかけてきて、その勢いに圧された私はネコのようにバッと飛び退いた。


 男性は私の横でぎゅうううっと力いっぱいにスタンプを押している。


「ああああああああ!! 失敗したああああああ!!」


 こりゃ未来ちゃんよりひどい。なんとかキャラクターの顔は判別できるから無効にはならないだろうけど。


「あの! このイラストはここの駅員さんが描いたんですかっ!?」


「あ、はい、私が描きました……」


 絶賛されるか、ディスられるか、無反応か。


 不安でつい、素っ気なく答えてしまった。


「うおおおおおお!! 神絵師キターーーーーーッ!!」


「あっ、ありがとうございます!!」


「あの、すいません、押したいんですけど」


「あぁはいはいごめんなさい!」


 と、後ろにいる痩せ型の男性に急かされた彼は横に逸れた。


 スタンプ台の前には‘大きなお友だち’が十人列を成していて、みんな私よりそわそわしている。


「すいません! 駅員さんとポスターのツーショット写真撮らせてもらっていいですか!?」


 並んでいるお客さまたちは次々とスタンプを押してゆき、台の周囲には大きなお友だちの人だかりができていた。


「え!? あ、はい……?」


 その中の誰かに言われて撮影会が始まり、見かねたえりちゃんと本牧さんが出てきて「通路を塞がないようお願いいたします!」と声を張り上げている。


 あの、そもそもここ、イラストレーターの撮影会場じゃないんですけど……。


 私の困惑を他所にスマートフォンや一眼レフを向けられて、シャッター音を浴びる。


 長く感じた3分が過ぎ、撮影会は終わったものの大きなお友だちは次々と来訪してくれている。


 本当はちびっこに来てほしかったけど、まぁいっか。


「あ、ごめんなさいっ」


 さて、そろそろ引き上げようとスタンプ台から回れ右したとき、私の胸くらいの身長の少年とぶつかってしまった。


「おう、来てやったぜ。少女漫画だけど」


 やんちゃっぽい少年は恥ずかしそうに頬を赤らめ目を逸らし、似合わない少女漫画のスタンプ台紙をリュックから出して私に見せた。


「あ、この前の! ありがとう! 国府津こうづ行けた?」


「あぁ、これからまた行く」


「そうなんだ。気をつけろよ?」


「おう」


 と一言、少年はそそくさとスタンプを押して、速足で改札口を抜けて行った。


 良かった。ちびっこも来てくれた。ひひひっ。



 ◇◇◇



「なんだか微笑ましいわね」


「覗き込みとか、趣味悪いですよ?」


「あなただって共犯じゃない」


 僕と成城さんは有人改札口の死角から百合丘さんの様子を見守り、ほっこりした気分になっていた。百合丘さんの胸と衝突した少年は顔見知りなのだろう。いくつかの照れを織り交ぜた彼は、かつて思春期を経験した自分を思い起こし、これはこれで微笑ましい。


 僕らいやらしい上司は、別の角度からスタンプラリーを楽しませてもらった。

 お読みいただき誠にありがとうございます!


 本日は更新時間が遅くなり恐縮でございます。

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