私に元気を分けとくれ……!!
「1番線に最終電車の磯子行きが到着いたします。黄色い点字ブロックまでお下がりください」
1時5分。日曜日の駅は酒の力で本性を剥き出しキャーキャーピーピー発狂するパリピであふれ、ホームにはその異様な雰囲気と夏の生温かい空気が漂っている。仕事とはいえできれば私はこの場に立っていたくない。しかもいつもなら誰かしら助役がいっしょに立ってるけど、きょう担当の松田さんは泥酔者に何かを説教っぽく語られていて「あぁ、そうですね、おっしゃる通り!」などと渋々聞き役に回っている。
「お下がりください電車来てます!!」
下がれっつってんだろ轢かれるぞ!!
運転士もこの時間帯の危険性を熟知していて、電車はプワアアアンと長音で警笛を吹鳴し、ゆっくりホームへ進入してきた。
電車の先頭が私の左横を通過したら私もそれに合わせて回れ左。けっこうよくある人身事故が発生していないか(私はまだ遭遇してないけど本牧さんはよく当たるらしい)、発生したらすぐに非常停止ボタンを押せるよう、注意深く監視する。本牧さんから教わったこの動作にもだいぶ慣れてきた。
「業務放送到着1番2301A、延発7分00です。ご乗車ありがとうございます~」
7は『しち』と『いち』と聞き違えないように『なな』と発音する。定刻より遅れて1時7分ちょうどの発車。最終電車は各駅で次から次へと旅客(主に泥酔者)が押し寄せるから遅延が発生しやすい。
「最終電車発車しまーす!! このあと朝まで電車ありません駅は閉鎖します!!」
ヘラヘラしていつまでも電車に乗らないパリピっぽい男の集団に放送で何度も念押しするけど乗ろうとしない。
いつまでも待ってるわけにはいかないから、出発してもらおう。
「1番線から最終電車が発車いたしまーす、ドア閉まりますご注意ください。マエナカオーライ」
棒にくるんだ赤い手旗を振り上げて車掌に合図を送り、ドアを閉めてもらう。いくつかの集団を置き去りにして電車は走り出した。
のだけど___。
「ああああああ!!」
発車に気付いた集団の一人が叫びながら走り出した電車のドアを拳でバンバン叩いて追いかける。私が非常ボタンを押すより先に車掌が急停車させたけど、ドアは開けない。
即座に警備のおじさんがその男を取り押さえ、3人の仲間は「おいてめぇなにすんだよ!!」などと逆ギレ。しかし私や騒ぎを聞きつけ駆け寄ってきた松田さんと本牧さんに取り囲まれて、みんな仲良く事務室で取り調べ。
こういうことはよくあるけど、乗り遅れた電車を叩いても再犯防止のためにドアは開けないのでご承知おきを。
その後、ブチキレた集団は警察に身柄を引き渡され、私がシャワーを浴びて仮眠室に入れたのは2時半過ぎ。2時間後には起床だ。ちなみに通常は3時間ほど仮眠時間がある。
いつも思うけど、もうほんとお肌に悪いこの仕事……。
◇◇◇
2時間弱だけ寝て、朝が来て、軽くご飯を食べて、窓口できっぷや定期券を売る。そんないつも通りの朝。
さて、勤務解放の9時からはとうとうスタンプラリーの開始。現在8時30分。まだスタンプ台は設置してないけど、中央改札の様子が気になって、いつもならクッソ眠い時間なのに、緊張で頭が冴えてる。
このまえ国府津に行くがきんちょと接してから、自分好みだけじゃなくて子どもたちに喜んでもらえるイラストをと、本当に一所懸命頑張って描いた。
私は今まで子供向けの絵は描いてこなかったから、彼らに気に入ってもらえるかはわからない。自信があるわけでもないわけでもない。
ポスターの横に挿したスタンプ台紙はそこそこ捌けてるから、企画自体は成功しそうな予感。問題はうちの駅がどれだけ乗降人員を増やせるか。
あぁ、緊張する! 背後で流れる指令室からのせわしない音声が余計に緊張感を駆り立てる! アメリカボストンチャイナデンマークイングランド……。ABCDE席……。
列車の席順を脳内で念仏のように唱えながら、勤務解放を待つ。
こんなときに限って窓口利用のお客さまは訪れず、気が紛れない。
お願いちびっこたち! 私に元気を分けとくれ……!!




