本当に私らしく
小百合さんと訪れたのは、職場近くのベイサイドにある、以前にも何度か入ったカフェ。いつもはテラス席に座るけれど、きょうは暑いからガラス張りの店内に入った。対岸にはランドマークタワーやパシフィコ横浜が凜と建つ、ザッツヨコハマ的な場所。
二人用の小さな丸テーブル上でカランと氷の溶ける音が涼しげなローズヒップハニーティー。優雅なバラの香りとまろやかでさらっとしたはちみつの甘味がのどをしっとり潤してくれる。有線放送のBGMはジャズが流れていて、まるでヨーロッパにいるような、ちょっとしたわくわく感に浸れる。
「この様子だと、彼ともう少しコミュニケーションを取りたかったのかしら」
あぁ、会話するときはいつも上品な笑顔を絶やさない小百合さん、やっぱり素敵だなぁ。
「はい、このままじゃ一向に進展が見込めないような……」
「なら、勇気を出して攻めてみなきゃ」
「な、何度かは……!」
「あらっ、やるじゃない」
「でも、なんだかこう、色々と。最近はお互い忙しくてなかなか会えないし、LINEでもやり取りしてないし」
「そうね、彼はとても仕事熱心で、夢中になっていることがあると恋愛は二の次になってしまったり、というところかしら?」
「それだけならまだしも、あの人の周囲には小百合さんみたいに素敵で頭のいい女性がたくさんいて、引く手数多だと思うんです。駅にも一人エリートさんが……」
「うーん、確かに彼女はとても賢い方だとは思うけれど、恋愛となると無理が生じるんじゃない?」
「え、なんでですか!? とてもお似合いな気がしますよ!?」
本牧さんと成城さん、二人とも頭良くて営業のセンスもあってクリエイティブで、なんかもう住む世界が違うベストカップルな気がする……!
「そうね、一見すれば。でもきっと、彼が求めているものは違う。もちろん知能指数に大差があるとお互い噛み合わなくなるけれど、彼と彼女はお互い気を張り詰めがちな性格で、恋人になったらいずれ心身ともに疲れてしまうと思うの。だからきっと、未来ちゃんみたいに頭の回転が良くても難しいことばかり考えないで、ちょっとおマヌケさんなキャラで笑わせてくれる。そんな心休まる存在を、彼はきっと求めていると私は思う」
「そそそそうですか!? 頭の回転はよくわかりませんけど、私みたいな田舎の泥にまみれたガキんちょが釣り合うなんてとてもとても……!」
「いいじゃない。私は高潔ぶった都会の子より、里の素直な子のほうが好きだけどな」
「あ、でも確かあの方も私といい勝負の場所出身で……」
「あらあら、でも出身地より相性が大切だから、そこは気にしなくても良いんじゃないかしら」
「そ、そうですね! 私に自信がないから出身地とか気にしちゃうんですよね! 仮に私が新宿出身でも自信はありませんけど!」
そう、本牧さんが誰を好きなのか、誰も好きじゃないのか、どういうひとが好みなのか、そもそも仕事に夢中で恋愛はしたくないのか、不安要素を色々と思い浮かべて考え込んでもどうにもならなくて、結局は私が‘本当に私らしく’在って、それが意中の相手とマッチするかがポイント。
だから、そうでなければ必ずしも本牧さんを追いかける必要はない___。
たとえ失恋しても、幸せになる道はきっとほかにもある。
頭ではわかっていても、信頼できる第三者に言ってもらって安心できる、そんなときがよくある。
もし本牧さんが私を好きになってくれるとしたら、それはどんな私か。私らしい私であるならば、今やることは一つしかない。そしてその姿勢を、彼に見せる。そうすれば失恋したとしても、ほかの誰かが見ていてくれる。なんとなく、そんな気がする。




