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未来がずっと、ありますように  作者: おじぃ
動き出した日々
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電車博士、衣笠未来

 百合丘さんとディナーに行った翌日の日曜日。明日に迫ったスタンプラリーの準備と並行し、通常業務とブライダルトレインの打ち合わせその他諸々で、忙しさのギアはイベントが何もない状態を1とすると、3くらいまで変速していた。


 おかげで余計なことを考える暇はなく、精神状態はかえって通常より落ち着き、気持ちは前を向いている。追い込まれたほうがやる気が出るというものだ。


 なので僕と衣笠さんの間柄は仙台出張から特に進展しておらず、7年後のことを考えればそれでいいという思いが若干強まっていた。


 この日、僕のシフトは徹夜で明日の朝9時まで。現在11時50分、僕は改札業務中の百合丘さんを衣笠さんと共に見守っている。衣笠さんはブライダルトレインの打ち合わせのため駅を訪問中で、僕らのこの業務が終わるのを待っている。


「あの~、ちょっとお尋ねしたいのですが」


 改札口を訪れた腰の曲がった高齢女性に、百合丘さんは「はい!」と元気に応対。高齢女性は財布が収まる程度の黒いショルダーバッグを掛けている。


「新幹線に乗らないで、下道、あ、本線? で、アサカナガモリまで行きたいのですが。きっぷは持っているのですけど行き方がわからなくてねぇ」


「え? 本線? 東海道本線?」


 百合丘さん、戸惑ってるな。助け船を出そうかな。


 と思ったそのとき___。


「あっ、安積永盛あさかながもりはですね、ここの2番線からなんでもいいから来た電車に乗って横浜駅で乗り換えてですねっ」


 まさかの衣笠さんが案内を始めた。


「横浜駅、はいはい」と高齢女性は相槌を打つ。


「そう、横浜駅の、東海道線のりば、7番線と8番線のホームから、12時52分に黒磯くろいそ行きが来ますから」


「へぇ、黒磯って本線の黒磯かい? 那須なすの黒磯」


「そうですそうです! 今こっちからそのまま本線に行く電車があるんです!」


 こんな感じで訛り全開ながらも間違いなく的確に案内した。高齢者ならなるべく乗り換えを少なくしたほうがわかりやすく、列車の発車時刻も余裕を見ている。


 本線といえば、東海道本線、京急けいきゅう本線など色々あるが、東北地方出身者にとってそれは概ね東北本線を指す。安積永盛駅は福島県にある東北本線の駅で、周辺に‘本線’を名乗る路線はないから、今回は確実にそれと断言して良いだろう。衣笠さんはさすが東北出身といったところか、それを見事に汲み取った。


 なお、東海道線と東海道本線も同一路線だが、この辺りの人はほとんど‘本’を省いて呼ぶ。


 高齢女性は「おやおや便利になったものだねぇ、ありがとうございます」と言って、衣笠さんの「いえいえどういたしましてー!」と、やはり東北訛り全開の返事を聞くと、えっさほいさとすぐそばのエレベーターに乗ってホームへ上がって行った。


 標準語でも喋れる彼女だが、東北出身者同士になると訛るのだろうか。一方、性格や意識の差なのか、同じ東北出身の成城さんは特に訛っていない。


「未来ちゃんすごーい!」


「でしょでしょ!?」


 百合丘さんと衣笠さんはタメ口で会話しているが、彼女たちいわくLINEでやり取りしているうち自然にそうなったのだとか。


「行き方はともかく、どうして列車の時刻まで?」


「それはたまたまです! この前その時間に横浜駅で黒磯行きを見かけて。珍しいと思って家にある時刻表をめくってみたら、普通電車なのに熱海から290kmも走るんですね!」


 確かに、普通列車の始発駅から終着駅までの距離は50~100km前後。290kmというと、一部の新幹線よりも長距離運用になる。


「あ、そうだったんだ。未来ちゃん私より電車詳しい」


「えっへん! 電車博士と呼んでくれてもいいのだよ?」


「わー! 電車博士、電車素人の私に色々教えてくだされー!」


 制服を着ていなければどちらが本職だかわからないな。むしろ鉄道のプロである百合丘さんはコスプレで、スーツ姿の衣笠さんはうちの非現業社員に見えてきた。


 衣笠さんは本来鉄道に詳しくなる必要のない人間だが、何事にも興味を持ち吸収する才能があり、今回もそれを発揮したのだろう。


 さて、そろそろ交代の時間だ。ブライダルトレインに関する打ち合わせに入ろう。



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