クリエイター志望と本物の創造者
「百合丘さんは、専業のイラストレーターにはならないの?」
本牧さんと同じ料理を注文したら、マグロをサイコロ状に切り分けて焼き、ビネガーをかけたレタスサラダを添えた一皿が出てきた。名前は覚えられなかったけど、素材の味を活かしていて高級な味がする。つまり美味い。
ナイフとフォークの使いかたがよくわからなくて、本牧さんの見様見真似をしつつ口へ運びよく味わう。こんどえりちゃんをここに連れて来よう。
「いずれはなりたいですけど、今は社会経験を積みたいなって。会社にいるとクリエイター以外の人がどんなことを考えてるのかとか、見えてくることがあるので。私の友だちはクリエイターとか、まだ人格とか色々しっかりしてない学生とかフリーターしかいないので、それだけだと視野が狭すぎになっちゃうんです。前から言ってるように安定した収入が欲しいし、専業だと厳しいことも多いっていうのもやっぱりありますけど」
「へぇ、例えば?」
「例えば、そうですね~、イラストって、受注側もですけど、発注側にとってもかなり負担とかリスクが大きいっていうのをしみじみと」
「それはそうだろうね。発注側からすれば大事なプロジェクトとかキャラクターを高い対価で他者に託すわけだから」
「絵を描いてみればわかると思いますけど、うちの残業代くらいじゃ割に合わないくらいの手間と技術が必要なんですよ? まあ専業でやるにしても、需要に対してイラストレーターが多すぎて、みんなこぞって値上げすると潰し合いになって廃業リスクが高まるから私はあのくらいに設定しちゃうかな。キツいでしょ? 経済的に」
本牧さんにはイラストの価格相場の話はしている。
「そうだね。確かに一枚あたりをこの先ずっとあれくらいの金額で請け負ったら相当厳しいね。だったら競合してでも単価を上げるか、安いものから高いものまで価格幅を広げて多様なニーズに応え、発注しやすいようにしたほうがいいんじゃない?」
「それも一つの手ですよね。学生時代はいかに最低価格を上げるかを考えてましたけど、必ずしもみんなが単価の高い作り込んだイラストを必要としているわけじゃないって会社入って気付きました」
「そうだね。ポスターの隅にワンポイントで置いておくSDキャラとか、シンプルな恰好をしたキャラクターで背景なしとか、背景や小道具までみっちり描き込んだイラストと同価格にしたら正直不釣り合いなものにも需要はある。それはイラストに限らず、百円アイスと高級アイスとか、自由席券と豪華列車のチケットとか、需要の差異はあらゆるものにあるわけで」
「そうなんです。私は別にそれでいいんです。でもキャリアのために単価の安い仕事は受けるなとか、時間をかけて習得した技術を安売りするな。そういう考えが業界を壊すって言う人もイラストレーター界隈にはいて……。もちろん買い叩いてくるヤツもいるし、安売りをする気はないんです。私はただクオリティーに見合った適正価格で売りたいだけなんですけど」
「そういう事情もあるみたいだね。実はうちの会社でもイラストを外部発注してグッズを制作しようって話がちらっと出たらしくて。でも契約内容があまりにも発注者側に不利だからというのと、新幹線で来れる距離を運賃の高い飛行機で行きたい、もちろん出張費は出して欲しいって言われて、それはあまりにもと思った発案者自身が企画自体を風化させたってことがあったんだ」
「あ、その発案者、えりちゃんだ」
「うん。聞いてたんだね」
「はい。結局今のところ、商業作品とのコラボに留まってますよね」
「うん。そのほうが集客はもちろん、私情を持ち込まずスケジュール通りに仕事をしてくれる点でも安心だからね。それに成城さんいわく、これまで声をかけてきた個人のイラストレーターさんよりも企業さんのほうが売り込みに積極的らしいんだ」
「なんか、独立を夢見る1クリエイターとして、ヤバイと思いました」
「なに、個人なんだから自分の意思で自由に動けばいいんだよ。色々能書きを垂れる著名作家やその界隈が百合丘さんを養ってくれるわけじゃないんだから。それといまのうちに独立資金を貯めておくんだよ」
「はい。あとこれでも鉄道員なので、電車を覚えて鉄道ファンにも愛されるクリエイターを目指します!」
「ははは、そうだね。電車とか、実在するものがリアルに描かれていると親近感が湧くからね。観客も自分が物語のキャラクターと同じ世界にいる感覚を味わえる。アニメや漫画ではそういったものがあまりリアルには描かれない傾向にあるから、他と差をつける意味でもいいね」
「本牧さん、エンターテイナーじゃないのによくそんなに語れますね」
「うーん、どんな仕事にも共通するものはあるからね。創造性のあるものが好きな僕にとって、イラストとかアニメなんかの話は刺激になるし、会社でも取り扱ってるから仕事の参考に調べて、それをどう活かして売り込もうかなんてことは、よく考えるよ」
「さすが、視野が広い。本牧さんってあんまりアニメ見ないんですよね?」
「そうだね。うちの会社とコラボしたものは見るようにしてるよ。今回の少女漫画はもちろん、あの可愛いモンスターとか妖怪とか、海上保安官養成女子校のとか色々」
「結構見てますね」
「うん、最初は興味なくてもいざ見ると意外に面白いんだよね」
そう、私とその周辺にいるクリエイターと、本牧さんやえりちゃんの差はそこにある。
前者は自分の好きなものを描くだけのクリエイター志望者。対して後者は新しいものの吸収に貪欲、自らも前衛的なものをどんどん生み出したい本物の創造者。
駅の人たちは口には出さないけど、クリエイターのくせに受け身で人生経験も浅く、知識も懐の深さもない私は、成城英利奈という前例と比較して相当期待外れだったと思う。もしくはただのお絵描き好きなガキくらいにしか思われてなかったか。うん、たぶんそれだ。
「面白くなかったらうちみたいな伝統ある会社じゃ扱いませんよ」
「伝統ある会社なんて、嫌味も言えるようになったんだね」
「嘘は言ってませんよ?」
「確かに」
お読みいただき誠にありがとうございます!
今回はクリエイター間で実際に交わされた会話を参考に執筆いたしました。
現在JR東日本が『ハイスクール・フリート』という神奈川県の横須賀と海上を舞台に描くアニメのスタンプラリー企画の2年目を実施中、先日、国府津駅の改札口周辺で開催された『杵崎ほまれ&あかね生誕祭』での華美な装飾は話題となりましたが、他の鉄道会社(伊豆箱根鉄道、のと鉄道など)もこうしたアニメまたはそれに準ずるキャラクターの企画には積極的で、まだそういったものを扱っていないとある鉄道会社も今後検討しているとの話を聞いております。
鉄道会社は時流に疎く腰の重たいところが多いので、クリエイターさん自ら売り込んで背中を押してみるのもアリかもしれません。




