またいっしょに
『ご乗車ありがとうございましたー、大船~、おおふな~』
長いようであっという間に帰ってきた大船。僕と衣笠さんは1編成まるごと2階建ての座席定員制列車『湘南ライナー』を降り、生ぬるくも東京よりはさわやかな空気を吸った。
ライナーの座席は6割ほど埋まっていて、僕と衣笠さんがいたボックスには他に誰も座らず、すし詰め状態の普通電車を避けてゆったり移動できた。これくらい空いていれば鉄道関係者の僕でも気兼ねなく乗車できる。
ラッシュアワーでも列車は定員制だから、乗降客は普通列車の半分以下。よってホームはあまり混雑せず、多少の詰まりはあれど比較的スムースに階段を上がり改札口まで辿り着けた。
ドタドタと階段を踏みしめる人々は疲れ顔で、現実に戻って来た感覚をひしひしと感じる。それと同時に、こうまでならなければ生計を立てられない世の中に違和感を抱く、そんな日常が戻って来た。
大量の荷物を抱えているため、寄り道せず帰宅することにした。荷物を抱えての歩行はからだに堪えるが、僕も衣笠さんもタクシーに乗っても時間はほとんど変わらない場所に住んでいるため、まぁいいかと宙吊り式モノレールが走る街をえっさほいさと歩いた。
15分後。普段よりも遠く感じる距離を歩き、衣笠さんが住む賃貸マンション前に着いた。彼女が越してきてからは初めて来たが、バス通りから一本入ったずっと前から知っている場所。僕が住むボロアパートよりずっと立派で、僕も入社から現在に至るまで年収が50万円ほど上がったから、近場のいい部屋を見つけて引っ越したくなってきた。
「本当に色々お世話になりました。本牧さんもあと少し、気をつけて帰ってください。お家に帰るまでが旅行ですよ!」
「はい。こちらこそ、ありがとうございます。とても温かいご家庭で楽しかったです」
エレベーターないからいいですよと言われたが、物騒な世の中なので3階の玄関先まで衣笠さんを見送り、彼女はティンプルキーを開けて部屋に入り、一度廊下に置いた荷物を二人で床上へ取り込んだ。飾り気ないシンプルな玄関だ。
3LDKという広い間取りに一人というのも逆に不安ではなかろうかと思っていた去り際、「あのっ……」と彼女は僕を呼び止めた。
「あの、良かったら、良かったらまたいっしょに仙台、帰りたい、です……」
期待して良いのか、田舎娘ならではの気さくさか、それは判断しかねる。前者だった場合でも、7年もしないうちに別れなければならないもどかしさと罪悪感に苛まれる。僕は混沌とした心情になった。
「はい、皆さんがよろしければ」
誘いを受け勝手な期待をする度に抱く罪悪感。衣笠さんのお祖父さんが言うように彼女のほうが先にという可能性も否めないから気にしないのも一つのコントロール手法だが、なかなか切り替えられない自らの不器用な面に気付く。
衣笠さんは嬉しそうに微笑んで、そっと扉を閉めた。本当に音を最小限に抑えて。
「はぁ……」
閉扉を確認し、僕は溜め息をついた。
僕のことより先に、お祖父さんだろう。
どうにかして近いうちに彼女を仙台へ帰らせたい。
そう思いながら明滅する蛍光灯が照らす階段を、大荷物を持って力なく下った。




