またね
本牧さんと実家で、一つ屋根の下で二晩も過ごしたのに、間違いはなにも起きず、食べて入浴して寝て起きて畑仕事でゴミバケツに頭を突っ込んでクマさんに救助されの学生時代と変わらないルーティーンをしているうちに鎌倉へ戻るときを迎えてしまった。
「気をつけて帰るんだよ」
「未来をよろしく頼んだ」
「はい、お任せください」
本牧さんのその返事はどういう意味なのかちょっと気になるけれど、過度な期待はしないでおこう。
「一人暮らしなのに3LDKなんか借りたんだからたまには鎌倉に来てよね!?」
と言いながら、自分の口調はなんだか全体的に訛っている気がした。
「そうだな、鎌倉いいな。こんど行ってみるか!」
「待ってるよ!?」
やっぱり訛ってる。
「未来も、またいつでも帰っておいでねぇ。ここは未来のお家だからねぇ」
「うん、近いうちにまたね! 物騒だから鍵はちゃんと閉めるんだよ!?」
働きづめの両親とはあまり接点がないぶん、こうしてじいちゃんばあちゃんが温かく迎えてくれるここは、私にとってのスイートホーム。本当は本牧さんを新しい家族に迎えてずっとここにいたい気もするけれど、横浜には私の夢を買ってくれる新郎新婦さん、協力してくださっている鉄道会社の皆さんが待っているから、しばしお別れ。また帰ってくるからね。
玄関で家の中を舐め回すように見てから扉を閉め、じいちゃんばあちゃんにはバス停まで見送ってもらった。
バスは最後部の5人掛け座席がまるごと空いていたのでそこに座った。後ろを振り向いたら走り出したバスに向かって手を振っている二人の姿に思わずジンときて、私もカーブに差し掛かって見えなくなるまでずっと手を振り返していた。
本牧さんはやさしく穏やかな表情で私たちを見守ってくれて、その人柄にまた胸を焦がされた。
乗客10名ほどの大型バスは田園風景から徐々に都市部へ入り、気が付けば周りはコンクリートジャングル。つい半年前まではこのルートで通学していた馴染みの車窓は当時なら家に向かって進む時間帯で、暮れなずむ空に胸を締め付けられ、少し涙がこぼれそう。
仙台駅でバスを降りて、駅ビルで牛タン、笹かまぼこ、ずんだ餅、萩の月などなど本牧さんといっしょに色々買い込み、気が付けば二人とも両手が塞がってしまった。
「これ、きっぷです」
コンコースの隅に寄って一度荷物を下ろし、本牧さんはビジネスバッグからチケット袋を取り出し私に手渡した。中には大船までの乗車券と東京までの新幹線特急券が入っている。はやぶさ28号、10号車3番C席。Cってもしかして、通路側? 意外と乗車率が高いのかも。だとしたら恐らく隣のB席であろう本牧さんは私とA席の人に挟まれるのかな。なんだか申し訳ないな。
「あっ、買っておいてくれたんですね! お代は向こうに着いたら渡します!」
社会人になってからは専らスマートフォンで電車に乗っているからきっぷは久しぶり。薬品っぽい独特の香り漂う緑色の券面にはよくわからない用語や数字がたくさん印字されている。本牧さんと出会うまでは鉄道に関心がなかったから、見慣れたものでも色々と発見があって少し楽しい。あれ? これグリーン車の券だ。いいのかな?
「いえ、今回は僕に出させてください」
「いやいやそれはさすがに!」
「その代わり、また近いうちに帰省してください」
「あ、はい。わかりました。ではお言葉に甘えて。本当にありがとうございます!」
い、いいのかなぁ!? 本当にとってもありがたいけどいいのかなぁ!?
「僕も昨年松田さんに社会勉強だってキャバクラで高いお酒をご馳走になったので、だから今度は僕が」
「あ、そうですか」
もう、キャバクラとか余計なこと言わなくていいのに。今回は遠慮なくご厚意に甘えよう。




