フラッシュバック
なんだ、ちゃんと掴めているじゃない。絵を描くうえで、仕事をするうえで大切なこと。
ここ、茅ヶ崎出身のエンターテイナーやクリエイターが感性を磨いた海岸に花梨を連れてきてみたけれど、彼女はこの場所から何かインスピレーションを得られただろうか?
暮れなずむ茅ヶ崎の渚、福島の猪苗代湖より騒がしい波音。江ノ島シーキャンドルの灯り。とても明るく開放的な場所なのに、どうしてか、どこか叙情的。仮に花梨にとっては無感動な場所であったとしても、私自身が今後の創作活動へ向けた鋭気を養えたから、本来の目的は果たせぬとも結果的には良いといえる。
従来の花梨が描いた絵はただ自分の好きなものを描いているだけで、見る人のことを考えられてはいなかった。
好き放題描いて気に入ってくれる人がいたらいい。
即売会で売る同人誌ならそれでもいい。
けれど花梨が描いているのは会社の掲示物として広告効果を出すためのイラスト。作業時間に対する賃金を上回る利益を生まなければならない。
更に、大衆性を意識しながらも見せたい誰かのために描かなければ、作品にボケが生じる。
こういった条件をクリアして、初めて掲示物として承認される。19歳の子にはまだ難しかったかしら?
かくいう私も他人の評価ばかりしていないで、自らを磨き上げなければならないし、意欲はある。
会社員としても、絵描きとしても、人間としてもまだまだ至らぬ点が多々ある。もう二度と、過去の失敗を、己の不徳による取り返しのつかない失敗を、繰り返してはならない。これは義務だと思っている。
「どうしたんですか? さっきまで笑顔だったのに、いまはなんだか神妙な面持ちになってますよ?」
花梨に話しかけられて、頬を撫でる潮風の感触を再認識した。
「ちょっとね、過去のことを思い出してしまって」
「過去?」
「えぇ。ちょっとね」
「気になりますけど、私に言えないことですか?」
「言えない、というよりは、言うべきか言わぬべきか判断しかねることね」
「えぇ~、気になりますぅ~」
花梨は頬を膨らませて不満げだけれど、聞いて喜ぶような話ではない。ただ花梨もいつか直面する可能性のある事象。だからこそ、まだ人間として未熟過ぎる彼女に不安を煽って良いものか、判断しかねる。
それは鉄道会社にとって大きな課題の一つであり、社会問題でもある。これを疎かにして何が鉄道事業の発展だ、イラストレーターだ、人間だという話。
これを花梨に植え付けるにはまだ、土壌が肥えていない。どうしたら肥えるのか、私や他の社員のように苦い思いをしなければならないのか、わからない。だから、言い出し難い。




