えりちゃん
えりちゃんに少し出かけてみましょうかと言われて行き着いた先は、マンションから南へ2キロくらいのところにある砂浜、夕暮れ時のサザンビーチ。夏の夜に歌手のaikoが来てライブをする。確か今くらいの時期。もしかしたら昨日か明日かも。
夕焼けとか波音に他のクリエイターは何かを思うみたいだけど、私にはそれがいまいちピンと来ない。
アニメーターの父親を見て育ったから絵が得意なだけで、素質ないのかな?
いつものようにそんなことを思う。
「私、ポスターの絵、仕上げられなくて。ていうか松田さんからリテイクもらっちゃって。しかも完成原稿」
「あら大変、途中経過を見せてくれれば良かったのに」
「なんで見せなかったんですかね~。自分を試してみたかったのかな~。フツーなら期日破ったらアウトでもう二度と仕事もらえませんよね~」
「うちの駅は松田さんが大らかだから」
「はい、期日伸ばすから描き直してねって」
そう、私たちの駅は松田さんのおかげで普通じゃ考えられないくらい〆切にユルい。新人にもとっても優しい職場。新人研修では孤独感ハンパない田舎まで連れて行かれてお辞儀の角度とか声の出し方とかラジオ体操の超強化版みたいなドギツい教育を受けてきたのに、実際の現場とのギャップがすごい。
もちろん電話は通常1コール、どんなに遅くても3コール以内で出るし、メールは営業時間内なら90分以内に返信するみたいな対外的な常識は守られている。
「それで、具体的にどう描き直すか、構図はできたの?」
「できましたよ。今朝、中学生くらいの子に国府津までの行き方を訊かれて、そのとき、私の絵はただ自分が可愛いと思うものを描いてるだけで、見る人の視点に立ててなかったなって。正直、そんな基本的なことに気付けなかったのは、絵描きとしても悔しかったし、いままで何冊か同人誌を出したり合同誌に載せてもらったりして、見てくれた人は本当に自分の絵を気に入ってくれたのかな? なんて不安に駆られたりもしました」
「そういうことは私にもあるわ」
「え? えりちゃ、成城さんも?」
「フッ……」
「な、なんですか」
ていうかこの人、接客以外で笑うんだ。
「えりちゃんでいいわ」
「いやでも一応上司だし」
「一応?」
「あ、いや、とても素敵な上司に恵まれたと」
「フッ、そう」
鼻で笑ったと思ったら、今度はなんだか嬉しそうに微笑んだ。可愛いとこあるじゃん。なんて言ったら生意気ねって言われそうだけど。
お読みいただき誠にありがとうございます!
企画準備のため3週間ぶりの更新となり、お待たせしてしまい大変恐縮です。
本作ですが、挿絵イラストを描いてくださっている源まめちちさんが表紙を飾ったイラストレーター向け雑誌『I'L』にて第40話の挿絵およびリンクを掲載していただき、これがきっかけで旧友にも読んでもらうという嬉はずかしな展開に……。
今後もより良い作品づくりに努めてまいりますので、よろしくお願いいたします!




