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ようやく初出社

 職場の前まで本牧さんに車椅子で送ってもらった私は、通用口となっている裏口から建物に入った。出社時はまずここから廊下を通って事務所へ向かうと実家に送付された書面に記されていた。


 初日から遅刻なんて、クビになっちゃうかな? せっかくブライダル企業に入れたのに。


 一抹の不安を抱えそわそわしながら、長さ僅か10メートルほどの狭い廊下を辿ると、右手に事務所の扉がある。


 何を言われるんだろう。それとも無言で解雇通知書を渡されて終わりかな。私が足元とか周囲に注意して線路に転落しなければ、こんなことにならなかったのに。


「は~、ふぅ~」


 深呼吸をして、なるべく音をたてないよう慎重にノブを下ろす。


「失礼いたします! 新人の衣笠未来と申します! 遅れてしまい申し訳ありません!」


 事務所の扉を開けると、次の瞬間に室内に響き渡るよう大声を出して深々と頭を下げ謝罪した。デスクでパソコンを操作していた10人くらいの視線が一度に集まる。


「はじめまして。主任の三浦みうら沙百合さゆりと申します。駅から電話があって、話は聞いています。松葉杖をついて大変ですね。お仕事、大丈夫かしら」


 目の前のデスクの三浦さんは、遅刻した私を百合のようにエレガントで、尚且つ温もりに満ちた笑顔で迎えてくれた。


 ホームページで事前確認したところ、肩まで伸びる軽くパーマのかかった黒髪の彼女は、将来のトッププランナー候補。上品で気取らない高貴な品格を持ち、職場は勿論、お客さまからの評判も上々だという。


「はい! 大丈夫です! 頑張ります! ご心配おかけして申し訳ありません!」


「ふふっ。私にはそんなにかしこまらなくてもいいわよ」


「衣笠さん!」


 一番奥のデスクから、自称32歳彼氏募集中、お客様を幸せにしていたらいつの間にか自分が行き遅れた朝比奈あさひな栄恵さかえ店長に呼ばれた。これもホームページの情報。


「はい!」と返事をして、気を重く、怪我をして足取りも余計に重く、デスクの前へ。


「あの、遅れて申し訳ありません!」


 私はまず店長の正面でへその辺りまで思いっきり頭を下げた。こういう時って遅れまして申し訳ございませんって言うべきなんだろうな。


「怪我は大丈夫?」


 まだ支店長をよく知らないけど、ショートで機能的な髪型、縁のない眼鏡に細い目つきがサバサバしていて恐いイメージがあり、かけられた言葉が意外で一瞬信じられず、思わず「はい?」と聞き返してしまった。


「だから、怪我は大丈夫? 駅員さんから、他の人にホームから落とされたって聞いたわよ?」


「はい、大丈夫です。ご迷惑おかけしました……」


 だから、と言う店長の口調が少し強くて、うぅっと身構えてしまう。


「そう! 良かったわー!」


 言うと店長は不意に立ち上がり、両手を大きく広げてデスク越しにむぎゅーっと抱き着かれた。えと、こ、これは、スキンシップでいいのかな!? 友だちみたいなノリでリアクションの取り方がわからないけど、とりあえずじっとしておけば大丈夫かな!?


「もう、心配したのよ~。痛むだろうからあんまり無理しちゃダメよ~」


 店長は抱き着いたまま私の頭を撫でて、更に強く締め付けてくる。


 こ、これはもしや、大人の百合というものですか!? 世に聞くオヤジ女子ですか!?


「出たよ店長の若いコちゃんエキス補給」


「衣笠さん気をつけなよ~? 若さ吸い取られて小ジワが出来ちゃうぞ~?」


 後ろから若い男性社員たちが茶々を入れてくる。初対面だし何か返事をしないと失礼だと思うけど私の顔は店長の程よい大きさの谷間に埋められて、口が利けません!


「失礼ね! ちゃんと肌の手入れはしてるんだから! 私は未来ちゃんが可愛いから抱き着いてるの!」


 言うと、店長の圧着力が強くなって、段々息苦しくなってきた。面白山高原おもしろやまこうげんくらいの谷間なのに蔵王ざおう並みの酸素濃度だ。


 遅刻の処遇については『通勤障害』となり、今回はおとがめなしということで一安心。


 どんな職場か不安だったけど、和気藹々としていて慣れれば居心地良さそう。私、上京してから人に恵まれてる!


 よーし、ここで頑張って、たくさんの人を幸せにしよう!

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