未来、バスを運転する……!
今回は再び仙台、悠生と未来のお話です。
「さあ本牧さん、発車しますよー!」
家の前に駐車していたマイクロバスの運転席。黒いミニスカートと白いフリルブラウスというシンプルで自動車の運転に適したコーディネートの衣笠さんは、バスのエンジンをかけ、ギア操作をしながらブレーキペダルとクラッチペダルを踏み込み、陽気に僕の不安を煽っている。まるで海外のギャグアニメのような危うさだ。エンジンによりブルブル震える車体が僕の心とリンクして、共振現象を起こしている。
11時を回り、今ごろ徹夜明けの百合丘さんは猛烈な疲労感と格闘しているだろう。
「あの、僕が運転しましょうか?」
中型免許は所持していないものの、マニュアル車なら運転できる。いくら大型二種免許を所持しているからといって、このドジっ子にバスという大ぶりの自動車を運転させて良いものか。
「だめですよ! 無免許運転はいけません!」
「うん、そうだけど……」
「だいじょうぶです! どうせ私みたいなドジに運転させるくらいなら無免許でも僕がとか思ってるんでしょ? でも私は教習で大型バスも運転しました! 確かな実績、任せて安心です!」
仕方ない。無免許運転が警察に発覚したら僕は会社を懲戒解雇されるだろうし、一瞬一秒生きている有り難みを噛み締めながら、助手席に留まることにした。
「右ヨーシ! 左ヨーシ! 下ヨーシ! 前ヨーシ! しゅっぱつしんこー!」
衣笠さんの指差確認喚呼は僕らプロのようにスムーズでキレのある動作ではなく、真似事をしている鉄道ファンのようにぎこちなくカクカクしていて、本当に確認できているのか不安に思った。ので僕も自らの胸の前でさりげなく人差し指を動かし、周囲の安全を確認した。
どうか無事、バスを返却できますように___。
◇◇◇
「本牧さん、せっかくだからちょっと市内を観光しませんか?」
「……」
「あの、本牧さん……?」
「あ、はい、なんでしょう?」
「せっかく仙台にお越しくださったので、ちょっと観光してくれたらな~って」
「あ、はい、ぜひ」
「どうしました? 無事にバスを降りられて安心しました?」
「はい」
バスを降りた途端、緊張が一気に解けて上の空になり、衣笠さんに覗き込まれてハッとした。
しかし彼女の運転はプロに劣らぬ腕前で、直線区間は緩やかに加速しながらスピードを出し、カーブが続く片側一車線、車幅ギリギリの山道はクラッチ、ギア、アクセル、ブレーキを慣れた動作で使いこなし、見事なハンドルさばきを見せた。その姿に、道路条件が似た鎌倉の路線バスの運転士を思い起こさせた。
僕らは今、ビルが密集し人々が行き交う仙台の中心地に構えるレンタカーショップから歩道に出たところ。ここまでの道中、辺り一面に田園風景が広がっていて、その緑をさわさわとなびかせる夏の薫風に乗り、一頭のオニヤンマが悠々と滑空している、そんな場所があった。
神奈川にも田園風景はあるものの、なんだろう、開放感が段違いなのだ。
建物は数百メートルおきにぽつぽつと、山はずいぶん遠くに見えた。
しかしワーカーホリックの僕は、こんな雄大でのんびりした環境に身を置いていると、仕事をしなければとそわそわしてしまい、百パーセント楽しめてはいない。
これはいけないな、このままでは仕事も人生も、潜在能力を引き出せず、本来ならば上手くいくものさえ失敗してしまうと、仕事に囚われ過ぎている自分に反省しつつ、徐々に都会へと移ろう景色をぼんやり眺めながら反省していた。
そんなことをできる余裕が生まれるくらい、彼女の運転技術は高かった。




