好きなことをずっと続けるために
「おはようございます~。なに見てるんですか~?」
あくびをしながらの挨拶は徹夜勤務の寝起きで定番。でも駅のうすぼんやりした貧相な休憩室ではなく、清潔感ある広々したレディーのお部屋。窓辺のソファー、ふっかふかなんだろうな~。テレビ観賞には最高だ。
「おはよう。描き上げたイラストをプリントアウトして、仕上がりを確認していたの。それより、アップルパイ焼いたわよ。いまお茶を淹れるから、ちょっと待ってて。茶葉はアールグレイでいいかしら? 今それしかないのだけれど」
「わー! ありがとうございますー! 茶葉にはこだわりません! イラスト、ちょっと見せてもらっていいですか?」
「ええ、どうぞ」
えりちゃんはイラスト紙をテーブルに置いて立ち上がり、背後のダイニングキッチンでお茶の支度を始めた。
私はさっそくイラストが描かれたA4紙を手に取る。
ん? 実際にはよくあるけど、イラストではあんまり見ないシチュエーションだぞ?
「えりちゃ、じゃなかった成城さ~ん、どうしてこういうイラストにしたんですかぁ~?」
「いい質問ね。どうしてだと思う?」
「どうしてって……」
わからないから訊いたんだけど。
描かれているのは、エレベーターの出入口脇、『開』ボタンを押さえながら‘お先にどうぞ’と言っているほんわかした雰囲気を放つセミロングの女の子。このクオリティーだと価格は3万円くらいかな。
水彩画のような淡い雰囲気のイラストなのに、全体的に立体感があって、女の子の服装は黒いインナーと白いアウター。シンプルでスタイリッシュな湘南スタイル。尚且つ適度な肉感があって美味しそう。湘南って、イラストにしろ音楽にしろ、淡くてエロいものをつくる人が多いのかな。あのイラストレーターさんとか、サザンとか。えりちゃんは東北出身だけど、住んでるうちに影響受けたのかな。
湘南というと県外の人は派手でビッチっぽい恰好をしているイメージを持ちがちだけど、実際はシンプルでまとまりある上品なコーディネートを好む人が多い。
「ふふふ、勝ったわね」
「なににですか」
なんかバカにされてるぞ私。実際バカだけど。
「なんでもないわ。このイラスト、『実際に起きそうな出来事』をテーマに描いてみたの」
「あ、そうそう! 私もそう思いました!」
くそっ、いいとこまで気付いてたじゃん!
えりちゃんは「それは優秀ね」と私を褒め、一呼吸置いて本題に移る。
「多くの萌えイラストって、立ち絵だったり、モデル撮影みたいなポージングだったり、誰かに視線を向けているとしても、幼馴染みとか、彼氏とか、ヒロインと馴染みのある人物に向けられているシーンを描いた作品が多いの」
「た、確かに。言われてみれば……!」
「そういうイラストはインフレ化しているし、萌えイラストに関心を抱く人間の多くは親族などを除いて女性とあまり、もしくはほとんど、まったく縁のない男性がほとんど。つまり彼らから見れば憧れるシチュエーションではあるけれど、リアリティーに欠ける。だから今回はそれを補うアプローチがしたかったの」
「ほうほう、なるほど」
インフレなんて、イラストレーターさんに面と向かって言ったら怒られそう。
「エレベーターは多くの街で稼働しているし、広域に住む観客に対して希望を与えやすく、尚且つ女性と自然な会話を交わすチャンスの多い乗り物なの」
「確かに。電車とかバスより会話が発生しやすいかも」
「電車やバスもシチュエーションとしてはアリだと思うけれど、花梨の言う通り、会話が発生しやすいのはエレベーターだと、実体験からそう思うわ。まぁ、何階ですか? の一言くらいだけど」
「ふむふむ。私もそうかもしれないな~」
「これはもしかしたら需要があるかもと思って描いた趣味絵だけど、絵も鉄道も他の仕事でも、こうしてちょっと視点を変えて、潜在的ニーズを引き出すって大事じゃないかしら?」
「おお、さすが成城さん! 未来志向!」
「お絵描きは好きだから、ずっと続けてゆきたいの。でもマンネリ化してしまったら観客に飽きられてしまうし、自分だって、自分の絵を好きになれない。好きなものを描けない。好きなことをずっと続けるために、新しい挑戦をする。でないと人生損するもの」
やっぱみんな将来のこと考えてるんだな。じゃないと明るい未来はないのかも。
「さて、お茶にしましょうか。ところで花梨はきょう、用があって来たのよね」
「あ、そうでした!」
駅ポスターのイラストデータ、見てもらわなきゃ!
お読みいただき誠にありがとうございます。
お仕事に悩むのもまた、恋愛とは異なる『未来がずっと、ありますように』かなと思い、今回のお話を執筆いたしました。
私も物書きとして新しい物語を生み出してゆく一方で、普遍的なものも守ってゆかねばなと、日々より良い物語をお届けするために試行錯誤しているところです。




