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未来の不安

 悠生は未来に、素敵なウエディングプランナーになりそうですねと言ったが、未来には自信がなく、不安を口にして俯いてしまった。


 失言をして言葉に詰まる悠生と、それを察した未来。


 せっかく励ましてくれたのに、感じ悪い態度を取っちゃった。でもそれには理由がある。本牧さんになら、思いのたけを打ち明けてもいいかな。


「私、実は5日前に仙台からこっちへ来たばかりで。東北地方は地震から3年以上経過した今でもなかなか復興が進まない場所もあるんです。


 私の実家は海から少し離れた場所にあって、家族も友人も知人も全員無事だったんですけど、沿岸部ではまだ、言葉にならない光景が広がっているんです。


 そんな中、私は家族を置いて、故郷ふるさとを出ました。宮城県内のブライダル企業を全部断られた私は、それでも夢を捨て切れなくて、代わりに家族と故郷を捨てました。


 こんな薄情な私が知らない誰かを幸せにするなんて無謀、というより順番が逆なんじゃないかなって。本来なら、夢を後回しにしてでも家族や地域を幸せにして、素敵な故郷を取り戻すために、地元で頑張るべきなんじゃないかなって、今から行く会社にエントリーする前からずっと思ってました。


 それでも家族は、一人娘の私を快く送り出してくれました。それには凄く、感謝しきれないくらい強く、感謝しています」


 東北地方が受けた甚大な被害は、悠生も当然知っている。


 悠生は震災前、東北地方の沿岸部を北端の青森県から南端の福島県まで何度かに分けて観光していた。東京湾のように長い半島に囲われた地形ではなく、きらきら蒼い海原が果てなく広がっていて、雄大な地球を感じたのをよく覚えている。


 その海が、命も、暮らしも、多くの大切なものを一瞬にして飲み込んだ。自身がかつて訪れた場所も跡形も無くなってしまったり立入禁止になっていることは、幾度もの報道で知っている。


 未来はそんな街からたった一人、上京して来たのだ。


 悠生は家族を想いながらも夢を諦めずに『後回し』にするか迷ったという未来や家族のやさしさと、強さを感じた。


「あ、私の職場、ここです」


 港の目の前にある真新しい宮殿のような建物。通りに面した1階部分は全てガラス張りで、店内に置いてある数多のウエディングドレスを覗き見れるようになっている。


 回転扉の出入口を抜けた先のフロント周辺は赤い絨毯張りで、カフェのように小さな白いテーブルが数メートルの間隔を置いて5卓、ランダムに配置されている。ドラマに出そうなモダンでお洒落な店舗だ。


 開店前のこの時間、許可なき者の立ち入りは禁止されており、悠生は車椅子を止めると、未来が立ち上がり難そうに見えたので、手を取って補助した。


「あっ、ごめんなさい。ありがとうございます」


 本牧さん、とても穏やかな顔立ちなのに、手はがっしりしてて力強い。


 未来は頬が火照らせ、礼を言いながら足元を確認し、慎重に立ち上がった。


 慣れない松葉杖でわなわなする衣笠さんはちょっと可愛い。悠生は不謹慎と自覚しつつ、そう思わざるを得なかった。


「あの、本当にありがとうございます。今度、何かお礼しますね」


「いえいえそんな、お気遣いなく」


 悠生は未来を遅刻させてしまった罪悪感に苛まれている。解雇されたらどう責任取れば良いのか、検討もつかないのだ。しかし未来を不安にさせると思い、それには触れなかった。


「いえ、心からお礼がしたいんです。それに、こっちには誰も知り合いがいないので、正直寂しくて」


 ―――お礼より、本牧さんと会う口実が欲しい気持ちのほうが強い、やっぱり私は、利己主義の薄情者だ。


「でしたらいつでも駅にいらして下さい。と言っても、駅の仕事は交代制なので、いつも決まった曜日や時間にいるわけではありませんが」


 そうだよな。慣れない街でたった一人なんて、寂しくて当然だ。僕なんかで良ければ、いつでも話し相手になりたい。実際、駅のお忘れ物預かり所には、話し相手が欲しいお年寄りが日課のように訪れるのだ。電車の本数が少ない昼間は、ホーム上や有人改札で立ち話なんてこともある。


「そうなんですか。でしたらあの、れっ、連絡先を、交換していただけませんか?」


 未来は上目遣いでためらいがちに言った。そのすがるような潤んだ瞳に、悠生はまた一歩、彼女の中へと惹き込まれてゆく。


 はい、是非と、悠生は勤務中のため切っていたスマートフォンの電源を入れ、連絡先交換に応じた。


 まずいな。胸が苦しくなって、彼女がいれば嫌なことがあっても何もかもが許せそうな、穏やかな気持ちになる。出会ってから1時間ほどしか経っていないのに、抱き締めたい衝動に駆られるなんて、それは桜のせいか、やはり彼女自身のせいか。


「それではまた、駅でお会いしましょう」


 本当はもっと彼女と会話していたい。時間が許すなら、ずっとこうしていたい。


「はい。本当にお世話になりました」


 互いに会釈をして、悠生は未来の処遇を心配すると同時にときめきをひた隠し、誰も乗っていない車椅子を押して駅へ戻ってゆく。


 また近いうちに、本牧さんと会えたらいいな。


 未来は悠生が角を曲がって見えなくなるまで、ずっと笑顔のまま見送った。

 お読みいただき誠にありがとうございます!


 今回のお話を執筆するにあたり、宮城県沿岸部を訪問いたしました。


 被災地域の一早い復興をお祈りいたしますとともに、微力ながら東北地方への訪問等でお力になれればと存じます。

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