偶然のような必然
「ごろごろにゃーん♪ んふふ~ん♪ もふもふきもち~にゃ~♪」
この人はきっと、猫として生まれてくるべきだったのだろう。
よしよしと衣笠さんの頭や背を撫でつつ、人間として生を受けた彼女を、僕は心のどこかで憐れみ始めていた。
「んー♪ おなかおなかー♪」
衣笠さんは仰向けになり、手脚を畳んでごろんごろん転がり始めた。戸惑いつつも彼女の腹をこちょこちょ撫でると、「えへへへへー♪ うれしいにゃー♪」とご満悦。
「これこれ未来、いつまでも本牧さんににゃんごろしてないで、そろそろ風呂さ入ってらっしゃい」
「ん~、わかったにゃ~、仕方ないにゃ~」
お祖母さまに促され、衣笠さんは名残惜しそうにとぼとぼと居間から退出した。
本音を言えば、このとてつもなくアウェイな環境で彼女が離れて行ってしまうのは非常に心細い。
「ところでアンチャン、未来とは恋仲なのかい?」
お祖父さまのド直球な質問に少々焦燥。
「どう、なのでしょう。お互いに仲良くさせていただいているつもりではあります」
「そうかい。なら質問を変えよう。アンチャンは未来を異性として好き好んではいるのかい?」
そこは素直に肯定したいところだが、なにしろ余命の問題もあり、なかなかそうはいかない。
「とても素敵な女性とは、思っています」
「なんだ曖昧な」
と言うと、お祖父さまは少し考え込むような素振りを見せ、
「未来はな、母さんとそっくりでな」
と、お茶をすするお祖母さまを見遣って再び開口した。するとお祖母さまはスッとお茶を飲み干し、よっこらせとおもむろに立ち上がると茶碗と急須を抱えてキッチンのほうへほいほいと姿を消した。自分が話題にのぼり照れ臭くなったのだろうか。
「だが母さんはあの子ほど間抜けではなかった。いったい誰に似たのやら」
お祖父さまはそれを見届けるとお喋りを再開した。
僕は「ははは」と、苦笑。さすがにご親族さまに向かって遊び道具にさせていただいておりますとは言えない。
「だが未来は我が家でいちばん思いやりのある優しい子だっちゃ。あの子にとって、アンチャンが心を開ける掛け替えのない存在というのは、さっき見てわかった。だから、交際にしろ、結婚にするにしろ、いずれお別れしても構わないから、少しでもそばにいてくれると、私としては大変に有り難い」
お祖父さまは穏やかに、しかし芯のある、貫禄ある口調で僕に畳みかけてきた。その言葉には含みがあり、まさか、しかしそう考えると合点が行くと、思考が右往左往し始めた。
「あの、それはいったい……」
確認すべく問う。
「実はな、私もなんだよ。それ以上の問いは答えかねる。アンチャンはもう理解しているだろうし、母さんだって勘付いているだろう」
やはりそうか。お祖母さまがわざわざ席を外したのは、私はその話は直接聞かないよという意思表示だろう。
「え、えぇ、おそらく理解しました」
同じ能力を持った人間とこうして会話していると、神秘的で懐疑的な、ふわふわとした感覚に陥る。だってそうだろう? こんなの普通じゃない。けれどこの出会いには、必然性を感じざるを得ない。
この世とは本当に不思議なもので、すべてが偶然で構成されているかのように見せかけて、しかしそう考えると逆に不自然な出来事があふれている。
例えば4月に衣笠さんが線路に転落して、僕が救助。ウエディングプランナーである彼女は程なくして電車で挙式をしたいというお客さまに巡り会い、鉄道員である僕にその話を持ち掛けた。
一方で僕は新しい物事に挑戦したくて、そんなときに舞い込んできた案件に胸をときめかせ、おかげで日々が楽しくなった。
もし衣笠さんが線路に転落しなければ話は先ず支社か本社に行き、僕があの日あのときホームに立っていなければ、案内や精算などの接客はあるかもしれないが、こうして深い付き合いには至らなかっただろう。
もっと言えば、用途廃止を前提に長期間使用を休止していた旧型車両を宮城から神奈川へ運び、整備して走らせるなんて面倒事、松田助役が鉄道マニアの上層部に根回ししなければ実現には至らない可能性が高い。
それぞれを勘案すると、世の中は必然的に回っていると考えたほうがしっくりくる。
「それより、未来が学生時代のビデオでも見ないかね? 文化祭のなんだがの」
「おお、それは気になります。ぜひ観賞させてください」
お読みいただき誠にありがとうございます!
更新3週間開きました。申し訳ございません。




