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未来がずっと、ありますように  作者: おじぃ
仙台帰省・宮城の旅4
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誕生日プレゼント

 避暑地として親しまれている東北地方だが、もりみやこ仙台には生温かい夜風がビルの間をねっとり舐めるように吹き抜けている。何本もの線路が並行し、地元を舞台に書かれた恋唄に似た発車メロディーを浴びた銀色に輝く列車たちはいくつにも分岐するレールを辿り、やがて戻って来る。


 石巻駅を出発して1時間半、仙石東北ラインを降車した僕と衣笠さんは仙台駅の改札口を出て、気を付けないと他人とぶつかるくらい混んでいるコンコースを歩いていた。


 今夜は衣笠さんの実家でご厄介になるため、仙台駅構内のカジュアルショップでスウェットスーツを購入。


 西洋風の街灯が照らす、屋根やショーウィンドウなど殆どがガラス張りで構成された自由通路『SENDAI(センダイ)>MID(ミッド)<STATION(ステーション)』。


 行き交う人々はモノクロームやグリーンなど落ち着いたコーディネートが多く、おしゃれの先端を行く東京の表参道おもてさんどうや横浜の元町もとまちにも劣らない。


「な、なんだべここ!?」


 実はこの通路、つい数ヶ月前に完成したばかりで、衣笠さんは変貌を遂げた馴染みの駅に驚愕している。僕は職場の休憩室に置いてあった交通業界の新聞を読んで知っていたが、実際に来てみるとかつての白壁で店舗は数軒しかなかった質素な通路からの変貌に少々感動した。


「僕も初めて来ましたが、とてもおしゃれですね」


「んだなぁ! わぁ、お土産屋さんがいっぱい! あっちにはファッションショップがズラッと並んでる! これが、これが仙台!? 政令指定都市なのに野生動物がわんさか出る仙台!?」


 そう、仙台市は鉄道会社が営業規則により大都市として扱う街でありながら森林面積が広く、ツキノワグマなどの野生動物が多く生息している。ちなみに東日本で大都市として扱う街は他に東京23区と横浜市がある。


「よし、明日もスーツじゃ動きづらいだろうし、今日は奮発して本牧さんに服をプレゼントします!」


「ほんとですか!? ちょうど8月2日が誕生日なので、ありがたくプレゼントされようと思います!」


「もうすぐじゃないですか! わかりました! ならきょうは前祝いです!」


 3コ下の新社会人に遠慮なくプレゼントをもらう僕の神経は日本人らしい奥ゆかしさに欠けるが、逆に断ったら衣笠さんをしょんぼりさせてしまいそうな気がしたので、敢えてこういう態度をとった。


 これまで出会った女性も現在同じ職場で働いているモンスターレディースも、無条件に何かを買ってくれるわけではな。むしろ元町でブランド物のバッグを買えだの現金寄越せだの要求してくるタイプなので、彼女らとは正反対の衣笠さんに困惑している。


 さっそくファッションショップ巡りを始めた僕らは、手当たり次第にシャツやパンツを手に取っては畳んで戻すを繰り返した。


「本牧さんはどんなファッションが好みなんですか?」


「うんと、あまり着飾らないので……」


 周囲にいる客は20代くらいの男女が多く、会話が聞こえない距離からは僕らもカップルに見えるだろう。


「そうですか! ならこれとこれとこれと、あとネックレスも!」


 鏡の前に立つ僕にあれよこれよと衣類を宛がう君はやっぱり女の子なんだなと、純粋に可愛いと思う。


「いやいや、そんなに買ってもらうわけには……」


「いいんです! 私が買いたいんです! ひとにものをあげたい性分なんです! 欲しいものをムダなく買う! これハッピーライフの秘訣ですよお兄さん!」


 いやでも、と戸惑う僕を余所に、わあこれいい! 男の人で着せ替えやるの初めてだからわくわくしちゃう! などと興奮気味で、いつの間にか僕は衣笠さんの着せ替え人形となっていた。


「じゃあ、これとあれを合わせたらどうかな」


 言って、僕は目の前に平積みされているシャツを手に取り、通路を挟んで左側のハンガーに掛けられたアウターに手を伸ばした。


「うんうん! あ、でも同じサイズを重ね着するとインナーの袖がはみ出ちゃうから、アウターは一つ大きいサイズにしておいたほうがいいかも」


「え、それだとダラッとしちゃうんじゃ……?」


「意外と大丈夫なんですよっ。ではまず試しにLサイズのアウターを羽織って、鏡の前で手を上げてみてください」


 言われるまま、僕はワイシャツの上にアウターを羽織り、タクシーを止めるポーズで左手を高く上げた。


「あっ」


 これは恥ずかしい。僕は今までこんなことにも気付かず生きていたとは。鉄道員にあるまじき注意力不足を痛感した。


 そして、26年近く誰も教えてくれなかったのか。直近の人間関係だと、百合丘さんは、バカざまあ! このダサヤリ〇ンが! とか思っていそうだが、せめて身だしなみに厳しい成城さんは教えてくれても良かったような。


「そう、2枚ともちょうどいいサイズの服だと、例えば電車の吊り革を掴んでるとき、インナーまで上がっちゃって横から素肌とかズボンからはみ出た下着が見えちゃったりもするんです。まぁそれはそれで私的にはムフフフフフ……」


「えっ?」


 僕はいま、見てはならないものを見てしまったのだろうか。


「いえいえいえなんでもないです! さぁ、試着してみましょう!」


 衣笠さんが刹那に見せたそれは、なんてゲスな笑みだっただろう。まるで女子の着替えを覗いているときの中学生男子のようだった。それから一転、赤面する衣笠さんを見て、彼女も一応オンナなんだなと再認識した僕は、店員さんの許可を得て試着室に入った。

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