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未来がずっと、ありますように  作者: おじぃ
仙台帰省・宮城の旅2
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日常を奪われた場所

「あっ……」


 やっと、やっと理解した。災害って、こういうことなんだ……。


 大きな水溜まりを避け、更地となった一帯を見渡しつつ一つ隣の道へ迂回してさきほど渡った大橋を目指す私たち。歩くほどに、ぐさりぐさりと心を突き刺す震災の爪跡。縁の下が残っている土地もあれば、砂利が転がる草むらもある。石巻市の人口は約16万人。ここは幹線道路がすぐそばを走る、街の中心部からさほど遠くない、家を建てるにはとても好条件な場所。受け入れたくなかったけれど、やっぱりそうだ。どう考えてもそうだ。


 ここは、多くの人が日常を奪われた、正にその場所なんだ。


 私たちは立ちすくむ。二階建ての瓦屋根、一軒の頑丈そうな日本家屋の前。


 きっとそれなりにお金をかけて建てたであろうその家は、まるで私たちに語りかけているようだ。遠くからかすかに聞こえるヒグラシの声。全身をさらり撫でて去る潮風。それになびく髪の毛と、ガラスが割れた縁側からなびく、レースのカーテン。


「うっ、うぅ、うぁあああっ……」


 私はとうとう、涙をこらえきれなかった。


 これまで見てきた被災地は、辺り一面原型をとどめていないめちゃくちゃな光景で、言葉を失い、ただただ唖然とした。私が知ってる景色からあまりにも変わり果ててしまったその場所の現実を、半ば受け入れられないまま今日までを過ごした。


 でも、ここには、確かな生活の跡がある。主を失った家はただ、痛ましい姿でここに残っている。


 本牧さんは黙ったまま自らの胸に私を抱き寄せ、頭を撫でてくれたけど、彼の鼻息は荒く、必死に感情の爆発を抑制している。自分も泣きたいのに、我慢している。私を不安にさせまいとか、男のプライドとか、そんなのどうでもいいんだよ。泣きたいときは泣けばいいんだよ。我慢しなくていいんだよ。


 でも彼は泣かない代わりに、私の頭を抱える強さを、少しずつ強めていった。


「このお家は、雨の日も風の日も、嵐の日も雪の日も、3年以上もこうしてずっとカーテンを揺らしながら、主の帰りを待ってるのかな。お家の人はどこかに避難してるのかな? そうだといいな……」


 無事だとしても、自分の住む街が、一階の家財道具が、たくさんの思い出が、命が、目の前で黒い黒い大きな水の渦と波に呑み込まれてゆくさまを目の当たりにしたかもしれない。


 私がそんな目に遭ったら、とても立ち直れる気がしない。いやだよ、大切なものを失って、その傷を背負ったまま生きていかなきゃいけないなんて、そんなの絶対いやだよ……。



 ◇◇◇



 衣笠さんが僕の胸で嗚咽おえつを漏らしている間も、そのカーテンは何度か風になびいて大きくひるがえった。その中は、覗いてはいけない。僕の感覚が、そう悟った。


 ここに来るまでの間、遠目にではあるけれど、解体中の家屋のように半分だけ削り取られた民家や、がちゃがちゃに破壊されたコンクリート製の公衆トイレの建物や露出してしまった小便器、一階部分を損壊したと思われる船の整備場のような建物も見えた。


 だが僕の中ではこの民家が最も衝撃的で、ここには確かに、生活の痕跡がしっかり残っている。家屋の形は留めたままで、業者による解体の途中でこうなっているのでは? という希望的観測を明確に否定している。衣笠さんが言うように、年月が経過しているのに解体されずにあるのはなぜなのかと、最悪のシナリオを浮かべずにはいられない。


 経済的事情で解体できないんだ。それとも家族の思い出が詰まった品々を回収したいとかで敢えてまだ解体していなのか? 本能的にマインドコントロールが働く。


 だってそんなこと、そう易々と受け入れられるはずがないだろう?


 これは鉄道事故とは違う。真実など追求しないほうがいい。どうか無事であってほしい。そう願うだけで十分じゃないか。


 けれど僕は忘れてはならない。災害は世界のどこででも起こり得るという真実を。これをしっかり肝に銘じるために僕はいま、ここに立っている。とても写真になど収められる光景ではないが、絶対に忘れない。忘れられない。突如として日常が奪われた、この場所にまつわる五感六感五臓六腑を巡る感覚と、感情のすべてを。


 歯と歯を噛み締め、彼女が落ち着くまで僕はただ、溢れそうなものを我慢して、努めて冷静に、地を踏みしめるしかできなかった。

 お読みいただき誠にありがとうございます。


 今回のお話につきまして、取材時と作中では時系列が1年7ヶ月ほど遅くなっております。ご了承ください。しかしながら2016年1月に再び石巻市を訪れた際にも、一部津波の爪跡が残っている箇所がございました。

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