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未来がずっと、ありますように  作者: おじぃ
仙台帰省・宮城の旅2
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静けさが支配する場所

「えっ……?」


 橋を渡り終え、歩道橋のあるT字路で東日本大震災時の津波高さを示す看板を見上げ立ち止まったとき、なんの脈絡もなく本牧さんにそっと手を握られた。


 やっぱり被災跡を見るの、怖いのかな。ここは別の場所だけど既にそれを見た私が彼の心の支えにならなきゃと、ゴツゴツした男らしい感触にドキドキしつつ気を引き締めた。


「あ、あの、やっぱり引き返しましょうか?」


「いえ、大丈夫です。むしろ僕は衣笠さんが心配なんです。だからつらかったら、どんなに取り乱してもすべて受け入れますので、どうか我慢だけはなさらないでください」


「はい、わかりました。では私からも、本牧さんに同じお願いをさせてもらいますね」


 なんだ、私が心配されてたんだ。ほんと、本牧さんっていう人は、他人に気を遣ってばかりだ。


 本牧さんの言葉はたまにキザだけど、こういうことを言ってもらえる私はきっと、彼にある程度は心を許されている。


「お気遣いありがとうございます。では恐縮しつつ、お邪魔させていただきますか」


 本牧さんはそう言って繋いだ手を解くと、道路沿いに広がる住宅地のほうを向いて黙祷もくとうを捧げ、私もそれに続いた。


 お邪魔します。ご不快であれば、いつでも追い出してください。


 黙祷を止め、T字路から少し歩くと、道路沿いに赤いスプレーで大きく『✕』マークが記された古い家屋があった。このお家は一見何事もなかったように見えるけれど、きっと津波で柱が傾いたとか、素人目にはわかりづらい被害があるのだと思う。


 お家にこんなマークを付けられて、住人の方はどんな気持ちになったかな……。


 しばらく幹線道路沿いを歩き、途中にあった小学校では一階の窓ガラスが嵌め込まれていたと思しき部分にびっしりとベニヤ板が貼られていて、進めば進むほど、被害状況が酷くなっているのがはっきりとわかる。


 そこから更に進み、あまり行き過ぎると戻るまでに時間がかかって陽が沈んでしまうので、適当なところで裏道へ入った。進行方向は川のほうへ戻るかたちとなる。おそらくこの辺りが最も被害の大きい地区だ。


 幹線道路を進むうちに川からだいぶ離れ、目の前には雑草が生い茂る更地と、ところどころに住宅や小屋のような建物が点在している。


 更地が目立つのは、元々この一帯には建物が少ないのか、それとも……。


 この一帯には、私たちの足音と、風の音しか聞こえない、妙な静けさがあった。たまに自転車に乗った人やワンちゃんをお散歩させている人と擦れ違う。


 ごめんなさい、本当に、ごめんなさい……。


「なんだか、いざ現地の方の姿を目にすると、後ろめたいですね」


「私もいま、そう思っていました。このまま進めばさっきの橋に着くと思いますから、早く戻りましょう」


 話しながら本牧さんの顔を見たら、彼は何かを我慢するように、唇をぎゅっと締め、険しい目つきで真っ直ぐ前を見ていた。


「我慢しないで、ね?」


 言って、私は彼の前に出て、俯きながら自分の両手でそっと彼の両手を包んだ。


「すみません、実は裏道に入った途端に悪寒が激しくて、少し呼吸が苦しいんです。まるで広島の原爆ドームを訪れたときみたいな」


「私もです。広島に行ったことはありませんが、他の被災地域と同じ感覚があるので、きっと本牧さんと同じだと思います」


「そうでしたか。なら、早く戻って楽しいことしましょう」


「はい。きっと川に沿ったこの道が戻る最短ルートなので……」


 前へ向き直り道なりに進むと、十数メートル先に大きな水たまりを発見した。目の前まで近付いてみると意外と深く、徒歩で進めば靴の中が水浸しになりそう。


「これは酷い。引き返しましょう」


「そう、ですね……」


 水溜まりは道を横断していて左右の更地まで長く伸び、横幅は推測不能。大きく書いた『H』の字を崩したような形状のそれは、『-』の部分さえもたて5メートルほどあり、とても飛び越えられそうにない。よく見ると、その部分のアスファルトはひび割れていて、中から水が噴き出し波打っている。水道管が破裂しているのかな? それとも海水?


「どうして、もう、3年以上も経ってるのに、どうして……」


 言って、その光景を目に焼き付け、来た道を戻る。


 脳裏をよぎる『地方軽視』という言葉。ここが経済の要所である都市部なら、未だにこうはなっていないはず。仕事で成り立っているこの世の中では、お金がないと、生きてゆけない。日常さえ、取り戻せない。


 仕事をしてほしければそれに見合う対価を払いなさい。社会人になってよく聞くようになった言葉。両親がお給料に見合わない働きをしていると思う私にはよくわかる。けれど、この光景を見てしまうと、その正義がどこか解せない。


 私の問いに本牧さんは言葉を詰まらせていたけれど、その瞳は潤み、赤くなっていた。


 私たちは仕方なく引き返し、一つ手前の道に入った。


「あぁ、しまったぁ……」


 幹線道路に戻れば良かった……。そう後悔したときには、もう遅かった。


 見たくなかった。これは見たくなかった。他の地域でも、テレビでも見たことのない、斜めをゆく光景が、そこにはあった。

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