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未来がずっと、ありますように  作者: おじぃ
仙台帰省・宮城の旅2
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姿を見せ始めた爪痕

 今回から被災地の描写に入ります。閲覧の際はご注意ください。

 店を出ると、まだ15時台というのに陽が少し陰っていて、入店前よりも気温が下がり、過ごしやすい気候になっていた。


 腹が満たされたからか、さきほどまで少し疲れ顔だった衣笠さんの表情も落ち着いている。


「美味しかったですね」


「はい。女性にも入りやすい雰囲気だったし、また石巻に来たら寄りたいです」


 食という字には『良』が含まれているが、やはり人間、良く生きるにはしっかり食事を摂らねばだ。


 そんなことを思いつつ店の前の横断歩道を渡ると、目の前に大きな川が流れていた。それに架かる大橋の中央まで行って水面を覗き込むと、一羽の雄カモが二羽の雌カモを引き連れて推進していた。人間のモテる男はけじめをつけなければならないが、カモはやりたい放題なのだろうか。


 こうして平和な光景に心和ませるも、ここまで敢えて黙っていたが、実は水辺に近付くにつれてあの日の爪痕つめあとが少しずつ見え始めていた。道路沿いの空き地を少し注意して見ると、家屋の縁の下と見られるコンクリートの枠のようなものが地に残されていたり、この橋の欄干らんかんいびつな形にもぎ取られて一部が欠損していたりと、あぁ、やはりあの日の出来事は映画ではなく現実だったのだと、ひしひし実感しつつある。


 これらを見て体調を崩していないかと、さりげなく衣笠さんの様子を注視する。石巻はあまり知らない土地かもしれないが、彼女の故郷、仙台だってここに匹敵する甚大な被害が発生し、既にそれを目の当たりにしているだろうから。


「衣笠さん、復興途上の場所は僕一人で見てきますので、衣笠さんは好きな場所でも観光してきてください」


「いえ、正直なところあまり行きたくないですが、石巻出身の故郷の高山さんが見て欲しいとおっしゃってましたし、ううん、東北での出来事を鮮明に覚えて、現実を受け止めて、いつか後世に伝える歴史の証人であるために、見ておきたいんです」


 橋を渡りきると、T字路に突き当たり、そこにはクリーム色の古い歩道橋が架かっている。その空中通路よりごくわずかに低い位置に、東日本大震災の津波高さを示す看板が取り付けられているのを見付け、思わずその場に立ち止まって見上げた。


 あぁ、とうとう、とうとう来てしまったんだ。


 瓦礫はきれいに片付けられ、道路には自動車が行き交い日常風景を取り戻しているが、背に確かな悪寒を感じる。


「えっ……?」


 急で驚いたのか、衣笠さんが小さく声を漏らした。途端、看板を見上げたまま硬直したのは、男に手を握られた緊張のせいだろう。


 僕は思わず、少し汗ばんだ手で並んで立つ彼女の手を握ったのだ。正直、僕は職業柄悲惨な光景を見る機会もあるので恐怖は感じていない。感じているのは悲しさだ。ただこの先で彼女が泣き崩れないように、泣き崩れてもすぐに抱き寄せ、心を少しでも落ち着かせるための準備だ。

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