おなかもこころも
な、なんでもいいから話題を……!
そう思って本牧さんに訊いたのは、当たり障りなさそうな職種の話。イタリアンでお洒落な横浜風中華屋さんでラーメンを待つ間、少しでも本牧さんを知れたらと!
「僕が担当していたのは車輪と車軸の検査とメンテナンスで、ブレーキ装置と並んで故障すると一番危険な箇所です。上司が脱力系で気楽な職場だったのですが、建屋にアスベストを多量に使っていたので建て替えなければいけなくなったんです。建て替えた後は最新設備導入に伴い人員削減が必要になるということで、一昨年の工場一時閉鎖を機に元々やりたかった駅係員へ転属させてもらい、現在に至ります」
「そうだったんですか。でもどうして最初は技術職に……」
しまった! 会社の都合で必ずしも好きな職種に配属されるわけじゃないのに! あああああああ、また余計なことを……。
「ははは、実はうちの会社、一時期新規採用を行わなかった年が続いて技術者不足でして。駅のような接客や事務職と比べると人材育成に時間がかかるので、会社は穴埋めに必死なんです。僕自身、エントリーシートに第2希望として車両技術職を選択したのもあって、こうなったんだと思います」
本牧さんはそう言って笑って許してくれたけど……。
「ご、ごめんなさい、変な質問してしまって」
「いえいえ、全然変な質問じゃありませんよ」
「お待たせしました~。ザーサイ麺お二つです。ごゆっくりどうぞ~」
「「は~い、いただきます」」
「ぷっ……」
本牧さんに鼻で笑われるのは、本日二度目。
「ふふ、見事にハモりましたね」
「ですね。さ、麺が伸びちゃうからいただきましょう」
思わず「うん」と、私は頷いた。そっか、人と打ち解けるときって、こんな些細なことの積み重ねなのかな。それとも本牧さんにいま、こいつタメ口利いたなとか思われてるかな……?
彼をチラリ盗み見て、顔色を窺う。レンゲでスープを一口含み、お箸に持ち替えて麺を啜るところだけど、変わった表情はなく何を思っているかまでは読み取れない。
「うん、美味しい。懐かしい味だ」
私はもう一度、気持ち少し長めに彼を見遣ってレンゲでスープを掬い、音をたてないようにスーッと啜る。ホントだ。昔ながらのシンプルな醤油ラーメンの味。美味しいだけじゃなくて、なんだかホッとする。
本牧さんは夢中でずるずると麺を啜っていて、ご機嫌な気分が伝わってくる。私も続いて夢中で頬張る。そう、麺は啜るより限りなく頬張るに近い。
店内に響くのは、私たちが食事をする音と、厨房で水道水が流れる音。
静かだけど決して気まずくはない、心地のよい時間。
私が作った料理ではないけれど、彼が美味しそうに食事をする姿を見るだけで、とても幸せな気持ちになれる。いま私の頬がほころんでいるのはこのラーメンと、あなたのせいだよ。
「「ごちそうさまでした」」
ふぅ、おなかもこころも、いまはとってもいっぱいだ。




