意中の彼はどんな人?
「マジ!? 超大手じゃん!! 超優良物件じゃん!! さすが未来、恋も未来志向なんだね!! 結婚できたら一生安泰だよ!! で、どこまで行った!? デートした!? 手ぇ繋いだ!? 最後まで行っちゃった!?」
フラれたけど何回かの恋愛経験がある都ちゃんに、線路に転落した私を助けてくれた本牧さんの凛々しい姿に心惹かれた話をしたら、大手鉄道会社の社員という肩書きに食い付いた。女子校に通い、ウエディング業界に飛び込んだ私にとって、結婚するなら年収8百万円以上のイケメンがいいとか、身の丈に合っているか疑問な女子の願望は耳タコ。でも私は、仮に本牧さんが倒産寸前の会社の駅員さんだとしても好きになったはず。
あのときの、懸命に私を助けてくれた凛々しさに、あの少しごつごつした背中に、大企業の人だからなんて条件は浮かばなかった。むしろ、そういえば本牧さんの会社は海外進出していてとても大きいなと、都ちゃんに言われて意識したくらい。芋ずる式に、結婚するならお役所、郵便局、国鉄(田舎では未だにそう呼ぶ人も多い)の職員にしなさいと、家族やご近所さんから言われて育ったのも思い出した。田舎ではこういった社会的地位のある組織に属したり、そこの男性の家に嫁入りすると、よく褒められたり喜ばれたりする。
恋愛とは無縁だった私にも、学生時代から結婚願望がなかったといえば嘘になる。けれど両想いになってくれる相手がいるならば、白馬に乗った王子さまでも、夜遅くまで働いても残業代が貰えない黒い企業の戦士でも関係ない。
けど企業の皆さん、労働に見合ったお給料はちゃんとお支払いしましょうね。
「うーんと、プライベートなことは何も……」
一緒にボーリング場へ行ったり、大黒埠頭で虹を見たり、シーガーディアンでお酒を嗜んだら、ハーバービューのホテルで愛に溺れた一夜を過ごしたなどと神奈川住みならではのロマンチックな自慢をしてみたいところだけど、バレバレな嘘をついて失恋直後の憐れな都ちゃんに哀れまれる未来が視えるから正直に告白した。
「あぁあぁはいはいなるほどアイシー。要するに、キャー私このままじゃ電車に轢かれる! そこに駆け付けたイケメン駅員。彼は職務を全うするために懸命な救助活動を行った。その凛々しさに女子校育ちで中学以来男子との会話さえほぼ皆無のウブな未来ちゃんは一目惚れと」
「はい、大体そんなところです」
「それで、未来はその人のことどんくらい知ってるの? 出身地とか趣味とか為人とか」
「出身は鎌倉で……。えーと、趣味は、あれ? 為人はすごくいいと思う。爽やか系かと思ったらたまに毒を吐いたりして、小栗旬のデビュー直後から現在までを見てる気もするけど」
そういえば私、本牧さんをあまりよく知らない。なかなかプライベートな部分に踏み込めないし、それでも好きなのは一目惚れで盲目になってるからかも。
「あー、小栗旬ね。未来は山田優になれる自信はあるの?」
「うっ……」
痛いところを突かれた。俳優、小栗旬の妻、女優の山田優なら私より成城さんのほうが圧倒的に近いイメージ。姉さん女房だし。
「でっ、でもその人は小栗旬じゃないし、敢えて似てる芸能人を挙げるならクイズ番組の司会してる……」
「谷原章介?」
「そう! 顔つきは違うけど、オーラ? えーと、雰囲気的にはそんな感じ! かな? もうちょっと少年っぽいけど。と、とにかく芸能人とは別人だから!!」
もうちょっと少年っぽいけど、と言いながら、私は喫茶店の目の前でカラスに糞を落とされて戸惑っているところを本牧さんに見られて腹を抱えて大笑いされたのを思い出した。
そ、そうだよ、あんな笑い方されたら、きっとクールな成城さんはプライドを傷付けられて耐えられなくなる。そういう意味では童心を持つ者同士で私のほうが本牧さんのパートナーとしては適任だと思う。私はあのときの彼を見て、ちょっとムッとしたけど可愛いと思ったのだから。
あ、でも成城さんならそういう状況に陥っても冷静に対処して笑いのネタにはならなそう。
「わかったわかった! オンリーワンだね! とにかくさ、未来は彼との距離を縮めなきゃ! 今のところビジネスだけの関係で、結婚式の電車を走らせたら一緒に行動する機会を損ねそうなんでしょ?」
「うん。でもどうやって?」
私が尋ねると、都ちゃんは升に注いだ辛口の日本酒を一気呑みして「ぶはーっ!」とそれをテーブルに叩き付けた。こんな子に相談してまともな回答を得られるのだろうかと、いささか不安になりつつある。
「そりゃあもうガンガン攻めるっきゃないっしょ!! 胸元ちらつかせたりボディータッチしたり酔わせて既成事実つくってあわよくば妊娠!!」
だめだこの子。それに私みたいなお子ちゃまが胸元ちらつかせてどうするの? 朝比奈店長によると、ある程度の経験を重ねた男の人は好みでない女性のあれこれを見ても全く気をそそられないのだとか。「あぁ確かに」と、その酒の席に居合わせた男性の先輩も言っていたのでほぼ間違いない。
「冷めた目で私を見るなコラァ!! そうだよ色仕掛けなんて通じないんだよ!! Cカップの私よりまな板のアイツなんだよあの男はよお!! うああああああ!!」
再びゴンゴンゴンゴンと頻りにテーブルを叩きながら号泣する都ちゃん。まるでトラブルが発生した政治家や企業の経営者が行う号泣会見のよう。きっと過去の恋愛で乗り換えられちゃったんだね。店員さん、他のお客さん、騒がしくて申し訳ありません。
「冗談はさておきいい!! 人との距離を縮めるにはコミュニケーションが第一いい!!」
お酒が回ってラジオ体操第一いい!! みたいなイントネーションになってるけど、真面目に話してくれているので黙って聞く。ここで私はようやく一杯目のビールを飲み干した。
「まずは!! 意中の彼といつもみたいにキョドったりしないでスムーズに会話できるようになること!! でもなんの脈絡もなく急にタメ口利いたり慣れ慣れしくするのは何かと思われるから、自然な流れでそうなるように努力!! そんで!! 彼は年上だから、未来とそれなりに馴染んだと思ったら少しずつタメ口混じりになってくるかもしんない!! 他社の人にタメ口利くのは少なくとも友だち関係までならアリってことだと私は思う!! そこで未来も思い切ってタメ口利いてみて、それで彼が不快を示したり、相変わらず会話の殆どが敬語だったらまだ距離を置かれてる可能性大だから、頑張るか諦めろおお!!」
お読みいただき誠にありがとうございます!
今回のお話は何度も書き直したため4日連続更新からの1週間以上間隔開けとなりました。
本日2月29日ですが、本作の挿絵を描いてくださった源豆乳さんによる広告イラストが掲載された『電撃萌王』の発売日となっておりますので、ぜひチェックしてみてください!




