春と秋が流れる駅で
ビバルディの『春』と『秋』の発車メロディーが流れる都内のとある駅のホーム。この付近にある事業所に用があり、済ませた帰り。午後3時でも床面積の半分以上は埋まるほど混雑している。
そんなホームで支柱にもたれ掛かり、血の気が引いていまにも倒れそうな茶髪でポニーテールの若い女性が視界に入った。
「百合丘さん?」
「ほ、本牧さん……お久しぶりです……未来ちゃんは仙台に帰ってるんですね……」
「そうだけど、それよりどうしたの? 顔面蒼白だよ」
「かくかくしかじか虎視眈々《こしたんたん》……」
百合丘さんは死の淵から生還し、いま此処に在る経緯を僕に説明し始めた。
◇◇◇
ひいいいいいいっ!
ヤバいヤバいヤバいマジでヤバい。
血が、血が抜かれてる!!!!
都内にある日本総合鉄道およびその関連会社社員向けの健康診断や健康指導を主に行う、古いとも新しいともいえない施設。白を基調とした一般的なクリニックとほぼ同仕様。ただいま聴力検査を終えて、廊下に並べられたパイプ椅子に座って採血の順番待ち。前方では女性社員三人が横並びになって採血されている!!!!
健康診断は男女それぞれ別の時間帯で行われるので、いまは男性社員の姿はない。
そしていよいよ、私の番が来た。
血液が通るほどの太い針を刺され、血液を抜かれ、肉体に刺さった金属を抜き去る儀式の順番が!!
「これまで採血で調子悪くなったことありますか」
「いっ、イマチョットメマイガ……」
「そしたらベッドに横たわってやりましょう」
結局やられるんかああああああ!! ぎゃああああああ!!
◇◇◇
「ということがありまして……」
「なるほど……」
「最初に予定していた職場での健康診断をバックレれば今年は見逃してもらえると思ったんですけど、こうして後日、ここまで呼び出され……」
百合丘さんが所属する職場でも定期健康診断は実施されるが、体調不良や冠婚葬祭などで都合がつかない場合は後日、この駅付近にある施設に呼び出されて受検することとなる。百合丘さんはそれを知らなかったようだ。
「ああ……それで、これから帰れそう? 救護呼ぼうか?」
「採血で体調不良とか笑い者ですよ。この駅に知人はいませんけどうちの会社、村社会だから、あっという間に全国10万人の笑い者です」
公言していないが僕も採血が苦手で彼女の気持ちはわからなくもない。
仕方なく僕は百合丘さんに付き添い、川崎駅までの15分間はどうにか立って乗車し、東海道線の普通列車グリーン車に乗り換えて百合丘さんの自宅最寄駅、辻堂まで来た。