最寄りのライブ会場、利府
「それでさ、彼とはどうなのよ」
大ジョッキをおかわりし、枝豆をつまんで私に問う都ちゃん。目尻が垂れて口端が歪んでいる。酔っているのか焦点が定まっていない。
天井に嵌め込まれたスピーカーからはMrs.GREEN APPLE、略してミセスの『ライラック』が流れている。夕刻が近付くにつれ徐々に客が増え賑やかになってきた。
「最初はイヤな部分を見られるのを恐れて緊張でバクバクしてたけど、いまはまったり過ごしてるよ。私はオタクで彼は違うから、趣味で隔たりが出てくるかなって思ってたけど、けっこういっしょにアニメを見てくれるんだ。主題歌がミセスだったりすると食い付きいいし、アニメ本編も面白いって気に入ったり」
あとOfficial髭男dism とかマカロニえんぴつも食い付き良い。若い男子がメインのバンドが好きな男、本牧悠生。
「彼、ミセス好きなの?」
「うん。私も好きだし向こうでできた友だちも好き」
「人気だよね、ミセス。未来の職場の近くでライブやったんでしょ」
「職場というよりは私が線路に転落した駅の目の前にあるスタジアムでやったんだけど、その日は休みで聴けなかった。スタジアムの近くに押しかけるのも迷惑だろうし。そもそも職場までは音も声も届かないだろうなあ」
「でも近くでやるだけいいじゃん。ミセス来るかは知らんけど、私なんか最寄りのライブ会場、利府だよ」
「ライブのときだけホテルが埋まる利府、田んぼと新幹線の基地がある利府……」
都ちゃんの家からは車でも電車でも1時間くらいだろうか。何時間もかかったり新幹線や飛行機で行くレベルの地域もあるから、相対的にはまだマシではある。
「そう、その利府。ていうか彼氏もいないし、何もかも未来には及ばない」
「いやいやいや、歴代の彼氏の数は私の十倍くらいでしょ」
「でも、愛されないんだなぁ、私……」
二の句を継げない。これまで付き合ってきた男は皆カラダやお金が目当てだったり、付き合い始めのころはほんとうに好きでも飽きたり、性格の不一致があったりだろうか。
正直、都ちゃんは交際期間が数年続いても基本的には取っ替え引っ替えのビチビチビッチというスタンスだったから、歳を重ねてゆくうち愛を求めるようになり、僭越ながら彼女の成長を感じている。
その点、私は最初から愛を求めていた。
純情度が高いのは私なのに、都ちゃんみたいな人はギャップ萌えで高評価を受けやすい社会構造に疑念を抱いたり憂いたりしている。サボり上等のヤンキーが勉強や掃除をすると褒められ、ずっと真面目にやってきた人はそれを当然とされる現象。
メランコリックになっている都ちゃんは酒が止まらない。平時でも止まらない。東北はとかく酒呑みが多い。お酒は楽しくほどほどに。あまり呑まない私は周囲の人間にその句を何度反芻しただろう。言いたくても言えない小心者、衣笠未来。