桜木町
久里浜さんの丁寧な運転に身を委ね、桜木町駅に着いた。ここは鉄道発祥の駅の一つ。もう一つは新橋駅。始祖の駅らしく『線路は続くよ』が流れてドアを閉めた電車は横浜方面へ走り出した。
階段を下る。壁には桜木町駅の歴代駅舎の写真や説明書きが掲示されている。開業当初の列車は最高時速50キロ、桜木町から新橋間を約1時間で結んだという。
現在、同区間での最高時速は特急等の高性能優等列車、普通列車等のその他高性能列車、貨物列車等のその他列車とも110キロ。開業時より2倍以上の速度で運転されている。また、東海道本線の戸塚から小田原間では120キロ、近畿エリアでは130キロと、更に高速となる。
「何かいいことでも思いついた?」
改札口を出て、ランドマークタワーやロープウェイなどを見上げる駅前広場を歩きながら未来が言った。ところどころに花壇があり、パンジーやマリーゴールドが乾いた冷気に耐え咲いている。
「よくわかったね」
「なんとなくオーラでわかるようになりました」
「久しぶりに根岸線の車窓を眺めてたらピンときたんだ」
「ご無沙汰だったもんね、根岸線」
「見慣れた景色なのに、気分転換になったよ」
「私も仙台に帰って、本線とか仙山線に乗ると、ちょっと心が踊るんだ。それと近い感覚かもね」
るんるんと語る未来。
僕らは上りのエスカレーターに乗った。ここから先は延々と軒下通路で、ランドマークタワーやクイーンズスクエアに直結している。
「そうか……」
「ん?」
「鉄道って、旅で非日常に触れられる面もあるけど、遠くに引っ越した人が久しぶりに里帰りして、懐かしんだり、地元に住んでいたころは気付かなかった新しい発見があったりするんだなって」
「それはあるかも。気付かなかった新発見も、沿線の風景が変わったり、電車が新しくなってたり」
「なるほど……」
「もう、悠くん、いつも仕事のことばっかり考えてる」
「ごめん……」
確かに。きょうは休日、せっかくのデート。こんなときでも僕の脳内には仕事が駆け巡っている。
「私と仕事、どっちが大事?」
これはイヤな質問だ。どちらも大事だが、より大事なのは、
「未来」
「ふふ、ごめん、これは喪女の私が一回言ってみたかっただけ。でも即答で私を選んでくれたのは嬉しい。嬉しいは女の喜び」
「さすが、元文学少女」
「元?」
「現役……」
「うむ……。でも言われてみれば、大人になれない私も考えもの」
「少女には少女の、大人には大人の楽しみがあるし、大人になっても無邪気でなければ心は少女でいいんじゃない?」
「うう、さすが大人の悠くん。小百合さんみたいなことを言う」
「僕も大人じゃないけどね。ワーカーホリックも心理的にはスポーツやゲームに夢中になる少年の延長線上な気もするんだ」
「スポーツとかゲームとか、やってたの?」
「いや、あまりさせてもらえなかった。だから大学生になって弾けて軟派になった。いま思うとあの頃の僕は黒歴史だよ」
「ククク、湘南の開けた海が俺のハートに溜まりに溜まったリビドーを解き放ち、加速するフラストレーションはアンストッパブルだぜ……」
「正にそんな感じだったから何も言い返せない」




