中堅層の壁
自分の存在意義を果たすために___。
それは生きていれば自ずと果たされるものだと思っていたが、生き方によってそれは変わってくる気もする。これは前提として考えたほうが良い。
例えば鉄道会社で言えば、駅員、乗務員、車両、保線、総務、企画、役員などそれぞれが果たす使命、役割は多岐に亘るが、自分らしく生きるためにどれを選ぶのか。もちろん鉄道会社でない外の世界でも良い。
目的が決まったら、それをどう果たすか。
戦略、人脈、スケジューリング。
「それと何より忘れちゃいけないのは、本牧さんと未来ちゃんが幸せになること。それだけは見失わないで」
「はい」
仕事に夢中になるあまり大切な人をぞんざいにするケースは人類史上多々ある。これだけは忘れぬよう留意しよう。
小百合さんのアドバイスを受けたからといって、目の前の現実が即座には劇変しない。月曜日、僕は普段通りオフィスでPCに向き合って、各職場の在庫一覧を眺めていた。
きょうは横浜支社管内の鎌倉総合車両所で長さ6ミリのボルトが不足したため、多めに保有し、尚且つ在庫数の変動が少ない札幌支社管内の苗穂総合車両所から保転払いが行われた。つまるところ、苗穂総合車両所から鎌倉総合車両所に在庫の移動が行われたのだ。
駅は売上高が主に業績を左右するが、車両整備工場は保有物品の残高で成績が決まる。
例えば年間5百両の車両を整備する工場が、千両分の部品を持っていたとしたら余剰在庫が過多であるため成績不良となる。だからといってピッタリ5百両分の部品しかなければ、事故車発生など緊急事態により整備する車両が増えた際に対処できなくなるので、常にほど良く多めに保有する必要がある。
僕が鎌倉総合車両所で部品担当をしていたときは、着工車両数プラス10パーセントを目安に部品を発注していた。上司からはそれでも多い、足りなくなったら保転してもらえば良いと再三言われたが、どこの工場も部品に余裕がないときがしばしばあった。部品不足で車両を組み立てられなくなれば列車運休が発生しお客さまに迷惑がかかる。
成績は大事だが、お客さまに迷惑をかけるリスクを冒して上げるものではない。
なお後に件の上司の行いが上層部に発覚し、彼は左遷された。
このように無理のない範囲で企業努力はしているものの、日本総合鉄道株式会社の鉄道事業は慢性的な赤字。地方ローカル線の赤字幅が都市圏路線の黒字幅を上回っている。それを駅ビルや駅中商業施設、不動産事業や保険事業その他様々な事業で穴埋めしている状況だ。
そんな背景もあってか、上層部は新事業の開拓には規模の大小を問わず積極的。グループ会社社員も含め、何か思い浮かんだらどんどん提案してほしいと社内報などで常日頃から呼び掛けている。しかし僕ら平社員が何かを提案してもそれを中堅層が「儲かる保証がない」「一部の人にしか刺さらない」など何らかの理由付けをして差し止め、打ち消しているのが現状。
僕がこの会社で何かを成し遂げるとしたら、この中堅層の壁を打破するか交わさなければならない。
さて、どうしようか。




