表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
未来がずっと、ありますように  作者: おじぃ
迫るタイムリミット

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

294/334

店、続けてえなあ

「ごちそうさまー!」


「久里浜さん、食べるの早いなあ」


「本牧が遅いんだよお」


「僕はゆっくり食べるタイプなんです」


 美守ちゃんが完捲かんまくで食べ終えたころ、兄ちゃんの丼にはまだ半分近く残っていた。彼もまた、ほぼ毎回完捲する。


 わたしとしては、早く食べ終えてもゆっくり食べても美味しく食べてもらえれば良い。


 兄ちゃんが食べ終えたのは、美守ちゃんが食べ終えてから10分後だった。


「それじゃまた来るねー」


「ごちそうさまでした。またお願いします」


「どうもね、またね」


 言って二人を見送ってから少し、店はみるみる満員になった。店外に列ができないギリギリのところでの回転率。


 中にはもう来るなと思う客もいるが、大体のお客さんは美味しそうに食べてくれる。


 15時を過ぎて、お客さんは一人もいなくなった。一日でいちばん暇な時間帯だ。店の奥の壁越しに、ドドンドドンと駅に停まってはまた走り出す電車の音が聞こえる。忙しいときも電車の音は聞こえるが、気に留めている余裕がない。何年か前までは19時くらいになるとやたらゆっくり通過するブルートレインの音が聞こえたが、いつの間にかそれがなくなった。時代は流れているんだ。


 流し台に視線を落として丼を洗っていたら、カラカラと引き戸の音がした。


「はいいらっしゃい」


 言ったものの、お客さんの姿は見えない。開いた音しかしなかった引き戸はしっかり閉まっている。


 店を開いて30年、他界した師匠の店での修行期間も含め50年、半世紀もラーメン一筋で生きてきた。過ぎてみれば早いものだが、もうこの世にはいない常連さんも両手両足では足りないほどいる。


 姿が見えないお客さんが来たときには、暇であれば醤油こってりラーメンを調理して、麺が伸びたころに私が賄いとして食べる。


「この店さ、もうじき畳まなきゃいけないんだよ。店は続けたいけど、いい物件が見つからなくてさ」


 姿の見えないお客さんにぼやく。姿は見えなくてもきっと顔馴染みだろう。誰なんだろうな、この人は。来なくなった常連さんの顔は何人も浮かべられる。中には学生さんもいて、しばらく見なくなったと思ったら親御さんを名乗る夫婦が来て、病死しました、お世話になりましたと告げられたときもあった。


 若い人が亡くなるのは、切ないもんだ。親父が死んだときさえ泣かなかったのに、あの日の営業が終わった真夜中には、静まり返った店の前でビルの隙間の星を見上げた。


 目の前にいるのはその子なのか、誰なのか。誰であっても大事なお客さんだ。


「ああ、続けてえなあ、店、続けてえなあ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ