店、続けてえなあ
「ごちそうさまー!」
「久里浜さん、食べるの早いなあ」
「本牧が遅いんだよお」
「僕はゆっくり食べるタイプなんです」
美守ちゃんが完捲で食べ終えたころ、兄ちゃんの丼にはまだ半分近く残っていた。彼もまた、ほぼ毎回完捲する。
わたしとしては、早く食べ終えてもゆっくり食べても美味しく食べてもらえれば良い。
兄ちゃんが食べ終えたのは、美守ちゃんが食べ終えてから10分後だった。
「それじゃまた来るねー」
「ごちそうさまでした。またお願いします」
「どうもね、またね」
言って二人を見送ってから少し、店はみるみる満員になった。店外に列ができないギリギリのところでの回転率。
中にはもう来るなと思う客もいるが、大体のお客さんは美味しそうに食べてくれる。
15時を過ぎて、お客さんは一人もいなくなった。一日でいちばん暇な時間帯だ。店の奥の壁越しに、ドドンドドンと駅に停まってはまた走り出す電車の音が聞こえる。忙しいときも電車の音は聞こえるが、気に留めている余裕がない。何年か前までは19時くらいになるとやたらゆっくり通過するブルートレインの音が聞こえたが、いつの間にかそれがなくなった。時代は流れているんだ。
流し台に視線を落として丼を洗っていたら、カラカラと引き戸の音がした。
「はいいらっしゃい」
言ったものの、お客さんの姿は見えない。開いた音しかしなかった引き戸はしっかり閉まっている。
店を開いて30年、他界した師匠の店での修行期間も含め50年、半世紀もラーメン一筋で生きてきた。過ぎてみれば早いものだが、もうこの世にはいない常連さんも両手両足では足りないほどいる。
姿が見えないお客さんが来たときには、暇であれば醤油こってりラーメンを調理して、麺が伸びたころに私が賄いとして食べる。
「この店さ、もうじき畳まなきゃいけないんだよ。店は続けたいけど、いい物件が見つからなくてさ」
姿の見えないお客さんにぼやく。姿は見えなくてもきっと顔馴染みだろう。誰なんだろうな、この人は。来なくなった常連さんの顔は何人も浮かべられる。中には学生さんもいて、しばらく見なくなったと思ったら親御さんを名乗る夫婦が来て、病死しました、お世話になりましたと告げられたときもあった。
若い人が亡くなるのは、切ないもんだ。親父が死んだときさえ泣かなかったのに、あの日の営業が終わった真夜中には、静まり返った店の前でビルの隙間の星を見上げた。
目の前にいるのはその子なのか、誰なのか。誰であっても大事なお客さんだ。
「ああ、続けてえなあ、店、続けてえなあ」




