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未来がずっと、ありますように  作者: おじぃ
はじめてのウエディングプランニング
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愛しさは増すばかり

 女性と行動を共にするのが、こんなに緊張するとは___。


 会社の面接試験より手汗が滲む。初対面の4月にはそんなことなかったのに、会う度に特別な存在としての意識が強くなっている。



 ◇◇◇



 地方鉄道会社から車両の貸し付けを断られ、僕が所属する全国規模の会社から探しても良いかを衣笠さんから新郎新婦に提案し、承諾を得て喫茶店を出た。これから僕の勤務する横浜市内の駅で松田助役に相談だ。


 炎天下の住宅街を駅へ向かって歩き20分。高級住宅街から徐々に古い建物の多い街並みに様変わり。駅が近付くにつれて道幅が狭くなり、一人で歩くにも少し窮屈な駅前通りの歩道。並んで歩く衣笠さんの手が触れそうで、後方から追い抜こうとする人に道を譲る度、華奢で少しひんやりした腕の感触が伝わってくる。


 女性との接触でドキドキするなんて、小学校の体育のサッカーでゴールを決めたときや、運動会のリレーでクラスが最下位だったときに何人かを追い抜いて背後から抱き着かれたとき以来だ。なお当時の僕に交際経験はなく、正真正銘のチェリーだった。


 思い知らされた。これまでの男女交際は如何に成り行き任せだったかを。


 そう、僕は恋愛未経験も同然だ。


 これまで人間関係については流れに身を任せ、あまり深く考えなかったが、この初恋と呼べそうな感情が芽生えたのを機に、仕事や日常生活、その他あらゆる場面で人生を豊かにする材料を改めて集めてみようと思う。


 恋人云々はともかく、人見知りで障害が立ちはだかると冷静さを欠きパニックを起こすなど、やれやれどこから手を付ければ良いのやらといったところの衣笠さんとの新しい仕事にも、ワクワクしつつある。


 衣笠さんはいつもオドオドしていて、会話するときに目を逸らす癖がある。僕だけでなく、松田助役に対しても同じだった。家族が大人しいのか、はたまた自信喪失するような出来事があったのか、今の彼女がこうであるルーツはわからない。


 だが彼女の仕事に対する強い意志は、確かに受け取った。関東地方ではもう10年も前に引退した車両を走らせるという、手間もコストもかかる極めて難しい案件だが、出来うる限りは力になりたい。そして、絶対に成功させる。


「あ、そうだ」


 衣笠さんはシャッターが閉じた煙草屋の自販機の前で急に立ち止まり、スマートフォンをかざして商品のボタンを押した。そのとき前かがみになって、図らずも僕の右手首は、スカートを召す彼女の尻にすっぽり収まった。


 寝不足で目眩がしつつも、炎天下の中、無理して出かけて本当に良かった。


「はい、お水どうぞっ。結局ケーキまでご馳走になってしまったので」


 言って、2本購入したうちの1本を僕に差し出した彼女は、「ははは、ではありがたく頂戴します」と受け取る僕から目を逸らし、頬が僅かに赤らめていた。尻に接触したのを気にしているのだろうか。その上目遣いが可愛らしくて、僕は思わずふふっと微笑を漏らした。接触について敢えて言及しないのは恥ずかしがっているからに違いない。


「ど、どうしたんですか? なんだかニヤニヤしてません?」


 わざとらしいな。カマを掛けているのならば敢えて乗ってみよう。


「僕だって男です。ラッキーなことがあって嬉しくないわけないでしょう?」


 僕は意地悪な笑みを浮かべ、もう、エッチですね。などとむくれる顔を妄想しながら彼女を挑発する。


「あっ、その、ごめんなさい! 突き飛ばして歩道から落ちなくて良かった……」


 思惑とは異なる返事だ。語尾をすぼめたのはきっと、恥ずかしがると同時に自らがホームから転落した記憶を蘇らせていたのだろう。確かに立ち止まるときや向きを換えるときは急に行動に移さず、周囲の安全確認が必要だ。当然といえばそうだが、そこまで気を回せる人は珍しい。そういうところもまた、彼女の魅力だ。


 正直なところ、仕事熱心なだけで思慮に欠ける人ならば、古い車両を使用するなど面倒極まりない企画の提案など上司に相談したくない。できればメンテナンスコストの安い現役の新型車両でお願いしたいところだ。


 ウエディングプランナーは営業マンとして仕事を獲得し、尚且つ挙式までの間、お客さまと長い付き合いをしなければならない。列車挙式は店長から振られたが、困難な案件のため断っても良いと言われたそうだ。営業成績のためならば、一般的なチャペルでの式や安値でも数をこなせる家族挙式に傾注すれば良い。でも彼女は違う。よくいる獲物を狙う営業マンではなく、純粋に人を幸せにしたいという願いを原動力に、僕を頼ってくれた。彼女の表情や言葉の端々から、それが明確にうかがえる。


 こんなにも素敵な女性ひとと寝食をともに過ごせたら、それはどんなに素晴らしいだろう。想像するだけで胸が焦がれて、ワクワクする。恋などしてはならないのに、秒を重ねるごとに、愛しさは増すばかりだ。

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