車掌兼イラストレーター、百合丘花梨
あ~、ねっみ、クッソねみ……。
「おはようございます。東海道線、東京経由宇都宮行きです。発車まで5分ほどお待ちください」
朝8時5分。静岡県東端に位置する熱海駅、電車最後部の乗務員室でわたし、新人車掌の百合丘花梨は客室へ案内放送を入れた。
乗務は昨日朝9時から続き、この列車を所要24分、小田原駅まで担当して終了。
昨夜は1時に乗務を終え、熱海運輸区で7時3分まで休憩、就寝時間とされていたものの、シャワーを浴び、普通の電車よりめちゃくちゃうるさい貨物列車の騒音が響く宿舎ではなかなか眠れず、結果寝不足。
忘れられがちだけど、この日本総合鉄道は人を乗せる普通、特急、新幹線のほか、貨物列車や工事列車、検測車が走っている、24時間営業の鉄道会社。
さて、まもなく発車時間。車外に出て駅ホームの柱に取り付けられているスイッチを押し、発車メロディーを2コーラス鳴らす。
電車に乗り込み、乗務員室の扉をガチャンとがっちり閉め、窓を開けて顔を出す。
「レピーター点灯、発車」
発車間際は駆け込み乗車や、乗り間違いに気付いてそそくさと降りる人が多い。発車合図灯の点灯と、乗降客がいないか確認。発車時刻になったので駆け込み乗車をしようとした人をシャットアウトするように扉脇のスイッチを押し上げドアを閉める。
ドアを閉めたら運転士にドアを閉めた合図のスイッチを押して発車しても問題ない旨を知らせる。
車掌なんてドア開けたり閉めたりするだけなんだから女でもできる。
そんな言葉を駅のベンチに座っていたクソ老人が妻とおぼしき老女にかけていたが、ドア開閉だけでもけっこう大変。加えてよくある事故や事件等の非常事態が発生した際、列車を防護するのも車掌の仕事。日本総合鉄道では車掌を『列車防護要員』と呼ぶ。
差別的なニュアンスを排除して事柄だけでいえば車掌は女でも務まる仕事。だけどそれは刑務所、ああいや、研修センターや実地でみっちり教育および訓練を受けた者に限る。
駅ホームから電車の最後部が出たら、窓を閉めて客室を見渡しながら案内放送を入れる。
「おはようございます。普通列車宇都宮行きです。途中主な駅の到着時刻をご案内いたします。小田原、8時34分。大船、9時14分。横浜、9時28分。品川、9時48分、東京、9時57分。上野、10時3分、終点宇都宮、11時59分の到着です。次は湯河原に停まります」
まだ完全に慣れた仕事じゃないし、なんだかんだ人間関係が良くて楽しかった駅での日々が懐かしかったりするこのごろ。
乗務員職場は接客は少ないものの、色んな区所の人が出入りするので人間模様がカラフル。
ああ、やっぱりわたしは会社員には向いてない。イラストレーター1本で生きていきたい。
最近そんなことを、よく思うようになった。




