ふろ自動は付いてない
「ああ、いいお湯だった~、昭和風情の懐かしさ。ふろ自動ボタンは付いてない!」
1時間ほど入浴していた未来が白いもふもふのズボンと部屋着を纏って出てきた。着込まないで出てこようものならあまりの寒さに心臓を握られ、アパートが解体されるより先にあの世行きだ。
「追い焚きはできるけどね。さて、それじゃ最後の追い焚き、してきますか」
「しましょう! どうぞ心ゆくまでごゆっくり! そろそろ茹で上がるんじゃないかってくらい長風呂だったら起こしに行きます」
「入浴中、よく気絶するのでよろしくお願いします」
入浴という命懸けの行水から生還した衣笠未来。さて、僕は意識や命を落とさず戻れるだろうか。
脱衣して、リサイクルショップに売却予定の洗濯機に衣類をそっと入れた。明日洗濯して、これまたリサイクルショップに売却予定の物干し竿に干し、その間に諸々の家財道具を出して、洗濯機は大きいのでリサイクルショップの人を呼んで引き取ってもらう。
狭い浴室に入ったら、保温のため浴槽に被せてあるキャタピラー状のカバーを外し、さっそくガスのレバーを回して追い焚き。湯に手を突っ込んだところ、カバーを被せてはいたものの未来が入浴したため冷めていた。
カバーには森の香りの粉末入浴剤の缶を乗っけているが、気を遣ってか未来は使わなかったようだ。
僕も最後くらいは何も入れず入浴しようかとも思ったが、最後だからこそいつも通り、入浴剤を投入した。
手でよく掻き回して、シャワーでからだを洗ってヒートショックを起こさぬよう慎重に入浴する。
温度差でブルッとからだが震え切なくなり、じわじわと湯の熱が伝播して和らいでゆく。
森の香りとともに立ち上る湯気。水温が程よく上がったので、僕は惜しみながらゆっくりレバーを捻り、追い焚きを止めた。




