最後の仕事
何もできなくても、日々は無情に過ぎてゆく。
このアパートで暮らす最後の夜。部屋には照明器具、テレビ、小さな冷蔵庫、電子レンジといった最低限の家財が残っている。照明器具を除いてこれらは居候先に持ってゆく。
明日は退去期限日で、明後日からは解体作業に入る。
さて、最後の入浴をしよう。僕はスポンジとタワシを使って浴室、浴槽、風呂桶を、感謝を込めて隅々まで丁寧に掃除した。
僕は今回この仕事でお役御免となる湯沸かし器で、ステンレスの狭い浴槽に湯を張った。湯沸かし器は浴槽に併設する大きいタイプだ。
湯が貯まるのを居間で待っていると、ピンポーンと、これまた最後の仕事かもしれない呼び出しボタンが鳴動した。インターホンなどという文明の利器はなく、僕は無言で玄関に出た。
「こんばんは」
「おばんです」
と、方言で返して来たのは仙台出身、衣笠未来。ラインでやり取りをしているとき、これからお風呂掃除をするとレスしたら「ごゆっくり! 私も入りたかったかも」と返してきたので招いた。
「こちら、入浴料でございます」
と、衣笠さんは屈んで居間の卓袱台に抹茶プリンホイップクリーム小豆乗せのコンビニスイーツを2個置いた。
「美味しそう。有り難くいただきます」
明日は引っ越しのため有給休暇。翌日は土曜日の休日。夜にスイーツを食べて一息つくのも悪くない。
「ほんとに良かったの? 私を呼んで」
屈んでスイーツを見るでもなく視線を落としたまま、未来が言った。
「というと?」
「ここは悠くんのパーソナルスペースなのに、最後の日に私のわがままに付き合ってくれて」
「いいんじゃない? 湯沸かし器は追い焚きの仕事が一回増える。活躍の機会が一回増えるんだ。まだまだ使える機械が退役を迎えるにあたって、一回でも仕事が増えるのはうれしいと思う」
「そっか、それなら、有り難くお仕事してもらいましょう」
未来は何かを慈しむように、穏やかな笑みを浮かべた。




