イヤな予感はだいたい当たる!
「これは、難しいですね……」
「うわわわあ! やっぱりですか!?」
資料を見せた途端、本牧さんは目をギョッと見開き、お前なにふざけた仕事抱えてんだよって思ってるのが思いっきり伝わってきた。
「資料に載っているのはかなり古い車両で、それでもまだ一部の地域か、新郎の方がご希望の地方会社には残っていますが、貸し出せる余裕は……」
「うううっ、そんな気はっ、そんな気はしてたんです! でもあの電車で挙式できなかったらがっかりするだろうなぁ……。あぁっ、私が安請け合いしたからだ! 最初からお断りしておけば良かったのかな? あぁ、どうしようどうしよう!?」
絶望だ。頭が痛い。胃に穴が開く。もうだめだ世界が終わる!
昔からそう。嫌な予感はだいたい当たる! 私みたいな地味な子が頑張ると失敗して、やんちゃな子はどんどん成功を手にする。世の中はそうできている。
「そうですね、とりあえず今は落ち着いて、一緒に考えましょう」
「はい騒がしくしてごめんなさいそしてご相談に乗っていただきありがとうございますっ」
鼻で深呼吸をして息を落ち着かせようと試みる私の姿は、本牧さんや周囲から見てさぞ間抜けだろう。
私が少しでも落ち着けるようにと、本牧さんはアイスローズヒップティーをご馳走してくれた。本牧さんには線路に転落したときから迷惑をかけるばかりで、いつか恩返しをしなければと思いつつ、何も浮かばない無能。女ならばカラダを売る手もあるとどこかで聞いたけど、本牧さんになら……と思いつつ、この成熟できなかった身ではとても喜ばれそうにはないからやはり無能。
もっとしっかりした大人になって、小百合さんみたいに心も教養も豊かな落ち着いたレディーになりたいな。
「お客さまはこの資料に載っている車種での挙式をご所望のようですが、恐らく保有しているどの会社を当たっても二つ返事とは行かないでしょう。それでも、この車両がいいんですよね?」
本牧さんの問いに、私は即答で「はい」と頷いた。普段は意思が弱くてすぐに目を逸らす私だけど、今はとても大事なお話をしているから、彼の目を真っ直ぐ見つめ、明確に意思表示をした。
「結婚式は遠い未来までずっと胸に残る、夫婦を誓う大イベントです。楽しいときも、苦しいときも、時にこんな結婚するんじゃなかったって後悔したくなるときも、やがて死がふたりを別つときも、きっとその日を思い出す、一生モノのイベントなんです。そんな大役を、お客さまは是非にと、この小さな私に託して下さいました」
やがて死が二人を別つとき、という言葉に、悠生は胸を緊締せざるを得なかった。
「それと、これは多くのカップルにとっては杞憂かもしれませんが、まだ若いうちに、天は二人を引き裂くかもしれません。病気のように前もってわかる場合も、何かに巻き込まれて、朝お仕事に出かけるときの、また夜にねという約束も、叶わない人だって世の中にはいます。こんな悲しいことはあって欲しくないけれど、もしそうなってしまったとき、あの結婚式は本当に最高だったねって、微笑み得るような、そんな式にしたい。だから可能な限り、妥協はしたくないんです」
これは、私自身が震災を通じて身に染みたこと。朝にはいつも通り活気が溢れていた海辺の街で、わずか10時間後の夕方には、あまりにも多くの命と思い出が、跡形もなく、根こそぎ奪われた。
私やその周囲にこれといった悲劇は訪れなかったけれど、ラジオや動画サイトからの相次ぐ悲報はもとより、東日本各地の工場や製品を運ぶための道路や鉄道が復旧するまでしばらくの間は食料や燃料不足に悩まされ、心は沈み、気は病んでいった。
未来が悲劇を振り返り徐々にメランコリックの泥沼へ沈もうとしていたとき、小さなバッグの中でスマートフォンのバイブが鳴り始めた。メールなら3回で鳴り止むが、それ以上鳴動し続けたので音声着信と気付く。未来は悠生さんに一言断りを入れ、喫茶店という場所を鑑みて「もしもしおつかれさまです衣笠です」と小声で通話を始めた。相手は店長の朝比奈。嫌な予感がする未来。
『もしもし未来ちゃん、お休みのところ悪いわね。なるべく早く知らせたほうがいいと思ったんだけど、さっきメールチェックしてたらね、月曜日を待たずに電車の貸し出しをお願いした全部の会社から返信が来ててね、なんと、ななんと!』
んんっ!? これはもしかしてワンチャンあったかな!? 嫌な予感もたまには外れるのかな!?
『全滅でしたー! ざんねーん!』
うああああああ! 期待させられてから奈落の底へ突き落とされたあああ! 最悪です! 店長それ最悪です!
「そんな気はしてました。なので今、入社初日にお世話になった駅員の本牧さんに相談に乗ってもらっていて……」
と喋っている途中、本牧さんはズボンの右ポケットからおもむろにスマートフォンを取り出し操作を始めた。「もしもしユリオカさん? おつかれさまです。本牧だけど、松田さんいる?」と、勤務する駅の方と通話をしているようだ。松田さんといえば、私が線路に転落したとき、本牧さんと一緒にホームに立っていた気さくな中年の助役さんだ。
『えっ!? なになに!? あのロールキャベツ系っぽい駅員さん!? へ~え付き合ってるんだ! やったじゃん! こんど私からもお礼しなきゃ。でも部外秘の資料は見せちゃダメよ~』
付き合ってるわけじゃないけど、誤解を解くタイミングを損ねたのと、敢えて解きたくない気持ちが入り交じる。
「はい、部外秘のは持ち出していないので大丈夫です」
『そう。ならいいわ。線路は本牧さんのところを使わせてもらう予定だし、せっかくだから会社ぐるみでお付き合いしてもらえるように、上手くやるのよ』
「あ、はい! わかりました!」と答えたものの、企画部門の方ならともかく、駅員さんに色々繋いでもらうのはちょっと図々しい気もするような。でも、本牧さんと接していれば芋づる式に他の部署の方とも繋がれる可能性は大いにありそう。
うぅ、なんか本牧さんを利用しているみたいで申し訳なくてまた胃が痛くなってきた……。
「車両の確保は残念だったようですね。しかしいま助役に掛け合ってみたところ、話だけは聞いてみると返事がありましたので、衣笠さんがよろしければ、これから僕の職場までご一緒していただけませんか」
私より先に通話を終えていた本牧さんが、奈落の底に突き落とされたばかりの私を一筋の光で照らしてくれた。スピーディーな情報伝達スキルに呆気にとられると同時に、余計な案件を背負い、休日返上で私たちのために動いてくれて、本当に申し訳ない気分だ。
でもこれで本牧さんと接する機会が増えるかも、なんて。
お客さまの幸せをお手伝いさせていただいて、私もそれに肖りたいと、つい思ってしまう。
願わくば本牧さんも、時が経つに連れて私と会うのが楽しみになってくれたらいいな。
そう思うのは、贅沢すぎるかな?
お読みいただき誠にありがとうございます!
第17話にて源豆乳さんによる朝に相応しい爽やかなイラストを頂戴いたしました!
ご覧になられていない方はぜひ!




