磐梯熱海温泉から飯坂温泉へ
カタン、カタンカタン、カタン。
電車の通過音で目覚めると、もう7時を過ぎていた。眠ってから起きるまでの数時間はほんとうに一瞬のように感じる。
「あ、おはよう本牧さん」
むくりと起き上がると、昨夜と変わらず宿の青い浴衣を纏った衣笠さんがいる。右腕に手ぬぐいをかけていて、シャンプーの香りがほのかに漂っている。
「おはよう。朝風呂?」
「うん。本牧さんもいかがです?」
「そうしよう」
朝食は8時にお願いしている。まだ時間があるので朝風呂といこう。
手ぬぐいを持って、今朝は昨夜入らなかった五右衛門風呂へ。
なるほど、3つある浴槽ごとに温度が違うのか。ぬるい浴槽から段階的に入ると、熱い浴槽も入りやすかった。
風呂を出て、焼き鮭や納豆の朝食をいただき、食べ終えたころにはもう9時を過ぎていた。昨夜も馬刺しや鮎の塩焼き、天ぷらなどいろいろいただいたが、深山荘の食事はほんとうに本格的で美味しかった。
部屋に戻って荷物をまとめ、一息ついたら出発の時間。
「ワンワン! ワンワン!」
「あ、わんちゃん! わんわん!」
玄関口の勘定場で宿泊費と深山荘オリジナル、五右衛門風呂に浸かった女の子のアクリルキーホルダーの支払いを済ませると、僕らのもとへ一頭のミニチュアダックスフントが駆け寄ってきた。衣笠さんが頭を撫でると、わんこはその手をぺろぺろした。あ、このわんこ、キーホルダーとか宿泊特典の風呂敷に描かれているわんこだ。
「ロンちゃん、お客さんが帰っちゃうの、寂しいのねぇ」
と女将さん。
「また来ます。ほんとうに良い時間を過ごさせていただきました」
「私もまた来たいです! ロンちゃんに会って、おいしいごはんを食べて温泉に浸かりたい!」
別れを惜しみつつ、僕らは女将さんとロンちゃん、そして見送りに出てきたご主人を、幹線道路に出るまでの50メーター、前方に注意しつつ後ろを向きながら歩いた。
「いい宿でしたね!」
衣笠さんの笑顔が弾けている。
「うん、また来よう。そうだ、この後、どうする? 仙台に寄る?」
「うん、そうしようかな。本牧さんは?」
「僕は、もう一ヶ所、温泉地に行ってみようかな」
ということで、磐梯熱海駅から磐越西線に乗って郡山駅に出て、僕らはやまびこ号の自由席車両に乗った。僕は通路側D席に、衣笠さんは窓側E席に着席。
郡山駅を出て15分、福島駅に到着した。
「じゃあ、僕はここで。家族水入らず、ごゆっくり」
「うん、本牧さんも楽しんできて。萌えのワンダーランド」
「萌えのワンダーランド?」
「行けばわかる、行かないとわかんない」
某不動産会社か?
僕が向かうのは温泉地。確かに磐梯熱海でもいわゆる萌えキャラクターの展開があり、僕はいまその風呂敷やキーホルダーを所持しているが、あそこは萌えのワンダーランドではなかった。しかし地域の一員として活躍する彼女の姿は凛々しく、同じく郡山市出身の成城さんと似た、クールビューティーな出で立ちは、郡山人の特徴をよく捉えていると思う。
車外に出て、衣笠さんを見送るために彼女のいる窓の前に立つ。ほどなくして発車の放送が入り、高らかな音楽が流れ始めた。高校野球でおなじみの『栄冠は君に輝く』だ。この曲を作った故、古関裕而氏が地元、福島市出身のためこの曲が採用された。
電車のドアが閉まり、ゆっくりと走り始めた電車。僕は彼女に手を振って、電車が見えなくなるまで見送った。
さて、行くとしますか。萌えのワンダーランド、飯坂温泉。
お読みいただき誠にありがとうございます。
来週は都合によりお休みさせていただきます。




