磐梯熱海へ
「ああ、僕はこんなことをしていていいのだろうか」
五色沼と猪苗代を満喫した僕らは、空いている電車の4人ボックスに向かい合って座り、たそがれていた。進行方向反対側の席に座った僕からは、カーブした線路の向こうに聳える磐梯山が徐々に遠退いてゆくのが見える。
「いいんだよ、それで。ゆっくりするのも大事だいじ」
最近、徐々に衣笠さんがフランクな口調になってきているのが、素直にうれしい。
「頭ではわかってるんだけどなあ」
目的を見失って生きている僕は、何かをしなければ、何かをしたいと衝動に見舞われている。
田園風景と茂みの中を駆ける電車は、レールの継ぎ目が短いため、カタン、カタンと小刻みに小気味良い音を立てている。眠気と脱力を誘う音だ。
『まもなく、磐梯熱海、ばんだいあたみです。The next station is Bandai-atami』
おや、少し意識が遠退いていたうちに、電車はずいぶんと進んだようだ。勾配を下る電車はまもなく磐梯熱海駅に到着した。今宵お世話になる宿の最寄駅だ。
電車からは僕らのほかに数名が降り、それより数名多く乗車する客がいた。
改札口のシャッターは下りていて、現在は無人のようだ。改札口を出て左側には、十数名を収容できるやや広い待合室がある。
「おおお、これは、これは!」
「ん?」
衣笠さんが改札口正面のディスプレイを見て興奮している。ディスプレイからは黒髪でショートヘアーの女子高生らしきキャラクターが可愛らしくも艶やかな声で何かを語りかけている。なるほど、ご当地キャラクターか。
僕もディスプレイに近寄ってみた。なるほど、観光案内、施設案内、きょうはなんの日なんてことも教えてくれるのか。
「あああ、かわゆい、かわゆい……」
前屈みになってキャラクターと視線を合わせる怪しい女。
こういうときの衣笠さんは、鼻の下を伸ばしたエロオヤジそのものだ。
だが楽しそうにしているので、僕は彼女の心ゆくまでキャラクターとのコミュニケーションを満喫してもらった。
「いやはや、お待たせしました!」
可愛い女の子とのコミュニケーションを楽しんだ衣笠さんは、心なしか肌艶が良くなっている。
「楽しそうで何よりです。しかし、いまはほんと、全国各地に女の子のキャラクターがいるんだね」
駅から離れ、旅館の地図に従い猪苗代方面へ、線路沿いの木や花が人工の小川が綺麗に整備された公園を、僕らは歩く。人通りはないが、寂れてはいない温泉街。コンクリート製の温泉旅館が見えるが、そこも決してぼけた感じはしない。
「そうですよ! 仙台にも、鎌倉にも、横浜にも、ほんとあちこちにいます! そういう時代です!」
「確かになぁ、横須賀にも藤沢にもいるし、沼津はすごいことになってるし」
「沼津! 行きたい沼津! 本牧さんは行ったんですか!?」
「そりゃあ神奈川育ちだから、隣県の神奈川寄りの街くらい、何度か行ってるよ」
「うむむむむ……私は山形だって滅多に行かないのに……都会の人はアグレッシブ……」
「それは、個人差があると思うけど……」
踏切を渡り、自動車通りに出た。この辺りは僕らの脇、右の線路側に住宅地と個人店が建ち並び、道路の反対側、背後に山があるほうにはコンクリートの建物がぽつぽつ。
歩道を10分ほど歩くと、コンクリートの塀に何やら賑やかな木の絵が描かれているのを見つけた。
「あ、ここだ」
衣笠さんが言った。今宵の宿に到着だ。




