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未来がずっと、ありますように  作者: おじぃ
迫るタイムリミット
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猪苗代湖畔

 バスで猪苗代いなわしろ駅まで戻った。食事でもしようかと駅周辺を歩いてみたものの、飲食店はすべて閉まっていた。


 なんとなく、駅から少し歩いてみると、そこに広がっていたのは、背景に会津磐梯山が聳える田園風景。


 植えたばかりの稲が湖畔の涼やかな風になびき、一帯を撫でてゆく。


「うーん、気持ちいい風」


 顎を撫でられている猫のような表情で風を浴びる衣笠さん。僕もなんだか、何もかもを忘れそうだ。


 会津磐梯山を背後にアスファルトで舗装された田園の道をゆくと、右手に墓地、正面に民家のある丁字路に突き当たった。なんとなく左に逸れると国道49号線に突き当たり、歩行者信号機(車の往来が途切れたタイミングで横断者用のボタンを押した)のある横断歩道を渡って左にバス停のポールが立っていた。国道沿いには民家がぽつぽつと建っている。


 バス停の名は『仁蔵にぞう』と、何やら蔵を匂わせる地名だが、道路に掲げられた看板に記された地名は『蜂屋敷はちやしき』。なんだか物騒な名前だ。クマから逃れられたと思ったら今度はハチか。


「この辺りに建っているお家のどれかが蜂屋敷なのかな」


 と、顎に人差し指を当てる衣笠さん。アホっぽいがどこか色っぽい。


「さあ。僕にとっては恐怖でしかないな」


「でも見たところ、ハチさんは飛んでません。大丈夫です」


「それもそうか」


 田舎だから何か危険な生物がわんさか出てくるのではと恐れおののいていたが、いまのところ危険性のないトンボやチョウを見たくらい。


 バス停の時刻表を見たところ、40分後に野口のぐち英世ひでよ記念館方面の便があるそうだ。


 千円札の顔にもなっている野口英世。黄熱病の研究者で自らも黄熱病に感染し、51歳でこの世を去った研究者。女遊びもよくしたそうだ。


 恐らく野口英世記念館やその周辺が猪苗代でいちばん目玉の観光スポット(ちなみに五色沼は猪苗代町ではなく北塩原きたしおばら村)であろうということで、僕らはバスに乗ってそこへ行くことにした。


 とはいえ、自販機もベンチもないバス停で40分も待っているのはしんどいので、近辺を散歩する。


 集落から逸れて、深そうな川を見下ろしながら歩くと、猪苗代湖に沿ったサイクリングに突き当たった。サイクリングロードから見えるのは、大小の木々や水生植物。左の橋を渡って右へ数十メートル進むと、川が猪苗代湖に流入する地点。


「静かな湖畔ですねぇ」


「ああ、ほんとだ。微妙に霞がかってるのが叙情的で、いい景色だ」


「日本で3番目に大きい湖なだけあって、対岸まで遠いから、景色も開けてる」


 思わず深呼吸したくなる、湖畔の静寂。湖上には鵜や白鳥が浮いている。白鳥は渡り鳥で、この季節は北国に帰っているかと思ったが、居残る理由はあるのだろうか。


「そんな中で悪いですけど、さっきから私たちの周りをスズメバチが飛んでますよ」


「わあっ、ほんとだ! 絶景に気を取られて気付かなかった」


 驚いた。思わず素っ頓狂な声を出してしまった。飛び回っているのはオオスズメバチだ。


「足元にはアオダイショウさんがいます」


「わあああっ!」


 スルスルスルッ、僕の足元を這う長いヘビは、隣にいる衣笠さんの靴の上を滑って川べりの茂みへと消えて行った。


 この混沌状態で動揺しているのは僕だけ。衣笠さんは平然としている。いまなんて、ヘビのことなんてなかったかのようにトンボを人差し指に留めている。どこから飛んできたんだ。


「あ、今度はマムシ」


「もういいよ!」


「ありがとうございましたー」


「漫才じゃない、マムシは毒ヘビ。命の危機だ」


「ふふふふふふふ……」


 明らかに僕を小バカにした笑みを浮かべる女、衣笠未来。


 これ、僕が弱々しいのか? 普通はスズメバチとヘビくらいじゃ動揺しないのか?


 なんだか感覚がよくわからなくなってきた。


「さて、そろそろバスの時間です。バス停に戻りましょう」


 衣笠さんの指からトンボが飛び立ち、僕らはバス停に戻った。

 お読みいただき誠にありがとうございます。


 来週は改稿作業のためお休みさせていただきます。

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