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未来がずっと、ありますように  作者: おじぃ
はじめてのウエディングプランニング
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ショートケーキがないっ!

 カラスの糞騒動でしどろもどろした私を本牧さんがわらい、やけに賑やかで目立つ客となってしまった私たちは気を取り直してメニュー表を眺めていた。ケーキやスコーン、あんみつにかき氷といったスイーツのほか、三つ葉がトッピングされた軽めのうどんやシラス茶漬けといったフードメニューも取り揃えており、毎日来ても飽きそうにないラインナップになっている。


 あれ? おかしい。ショートケーキがないっ! ショートケーキはケーキだから、ケーキのページに載ってる筈なのに。モンブランやチーズケーキは数種あるのにショートケーキはない!? もしかしてショートケーキって、宮城にしかないとか? よくある全国区だと思ってたものが実はローカルフードだったりするあれなの?


 いやいやいやそんなわけない! ショートケーキってなんだか東京とかフランスっぽい外見だし! ずんだ餅みたいなザッツ宮城感ないし! っていうか昨夜、駅ナカで買って食べたばっかりだし!


 これはきっと、私が見落としてるんだ。緊張してメニュー表を読み取れてないんだ!


「あ、あの、こ、このお店、ショートケーキはないのでしょうかっ」


 思わず本牧さんに訊いてしまった。文字がっ、文字がかすむっ! かわいい手書きの丸文字メニューがゲシュタルト崩壊してるっ! 本牧さんに、こいつバカじゃねぇの? ここに書いてあるじゃん。人に訊く前によく見ろよとか思われてないかな!?


「ありますよ。こちらです」


 言って本牧さんがにこやかに指差したのは、ケーキ欄の筆頭に記された『ガトーフレーズ』というもの。


 ……そうか! そうきたか東京! 厳密には神奈川だけど!


 これはきっとお洒落タウンの方言なんだ! 地元の人にしかわからない暗号を並べ立てて田舎者を嘲笑あざわらってるんだ! 神奈川は3日も住めば馴染めるとかテレビで言ってたけど、あれは嘘だったんだ! お洒落なセレブ以外はこうやって地味に甚振いたぶられるんだ! 3日で馴染める但しセレブ限定か! 本牧さんがいなかったらショートケーキ食べ損ねるところだったよ!


「あっ、えーと、この辺りではそう呼ぶんですね! おしゃれな名前のものが多かったり、パン屋さんだと調理パンが1個5百円くらいしたり、なんだかびっくりすることだらけで……」


 自らの無知に乗じて話題作りを試みた私。しかし本牧さんは敢えて私の無知には触れないようにしてくれている様子。


「この辺りは美味しいスイーツやパン屋さんが多くて、味の分だけ値も張るんですよね。そういえば、こっちでの暮らしは慣れましたか?」


「あっ、はい! お引っ越しは初めてだったので、最近までずっとホームシックだったんですけど、やっと慣れてきました。あ、あのっ、さっきから言おうと思ってたんですけど、今日はお疲れのところありがとうございます! それと、私から呼んでおいてお待たせしてしまってすみません!」


 内股で腕をピンと張って縮こまり、矢継ぎ早に言葉を紡ぐ私。


「いえいえ、僕はいつも一人で寂しいので、お誘いいただけて嬉しいです。とても楽しみで落ち着かなくて、つい早く来てしまいましたが、それでも衣笠さんが来るまでほんの数分しかありませんでした」



 ◇◇◇



 このひとの頭、撫でたいな。今まで出会った女性とは違って、彼女は自然に笑みを引き出してくれる。まずいな、会う度に距離を縮めたくなって、寄り添いたくなって。もし衣笠さんと会うのはこれが最後だったら、僕は残りの7年弱を、虚無感とともに過ごさなければならないのか。


「ふふ、本牧さん、なんだか軟派な感じがします」


 この笑顔が帰る先を、ご親族以外の誰にも設けさせたくない。そう勝手に想いを募らせるも、最期のときが来る少し前までには、彼女との関係を断ち切りたい。


「ははっ、本当は10分くらい待ちました。でも楽しみだったのは本当ですし、朝から面白いものを見られて、さっそく楽しませてもらいました」


「ちょっ、あれは笑いごとじゃないです! あまり蒸し返すと本牧さんのお部屋の郵便受からヒヨコ千羽くらい入れますからね!」


「それは可愛らしい。なら僕はお返しにツルを千羽差し上げます」


「もう。リアル千羽鶴ですね。でもせっかくならリスさんのほうがいいです。この辺り、リスさんたくさんいますよね! 可愛くてつい手を差し伸べるんですけど、逃げられちゃうので」


「わかりました。あのリスは外来種なので何万匹でも差し上げます」


 鎌倉市内では野性のタイワンリスが非常に多く生息している。例えば鶴岡八幡宮つるがおかはちまんぐうに行けば見られないほうが珍しいくらいで、人にはギリギリ触れられない絶妙な距離を保ちながら、その可愛らしい姿を披露している。


「うぅ、本牧さんって結構いじわるですね」


「はい。僕と関わると心が汚れますよ」


 こうして少しとげを出していないと、小石が飛来しただけで、心が壊れそうになるから。悦楽という麻酔で誤魔化し、不安で仕方ない来るべき日を意識しないようにする。これといった楽しみもなく不器用な僕には、今のところこうするしかできない。


 的中する保証などない未来予測に怖じ気付くなど、傍から見ればさぞ馬鹿馬鹿しいだろう。けれどこれまでに起きたいくつかの出来事を予知した僕にとっては、極めて重要な問題だ。

 明けましておめでとうございます!

 本年もよろしくお願いいたします!


 鎌倉にはタイワンリスが生息していますが、外来種とはいえ捕獲して良いかは存じませんので作中で述べているリスのプレゼントはしないほうが良さそうです。

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