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未来がずっと、ありますように  作者: おじぃ
迫るタイムリミット

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報われてほしい

 南国情緒はあまりなく、山が近い海沿いの道を10分歩くと、バスの発着所と売店らしき建物が現れた。ここが先ほど乗ってきたバスの終点、観音崎かんのんざき


 海と森林が共存する観音崎は、夏になると海水浴客で賑わい、小百合さん曰くキャンプをする人もいるとか。


 左下にざぶざぶ波が打ち寄せる岩礁と東京湾、右に鬱蒼とした崖が聳える自然に囲まれた探勝路。やや遠い対岸は千葉県の房総ぼうそう半島。こちら側より緑が深く、建物がぽつぽつと見える。


 数キロ先には、東京方面から外海へ向かうタンカーがいる。どこか遠くの国へ行くのかな。そのタンカーが来た方角を見ると、職場のすぐ近くに聳え立つ横浜ランドマークタワーがあった。


「おお、ランドマークが見えますね。千葉より遠そう」


「そうね、対岸は千葉県の富津ふっつでここから30キロくらいだけど、横浜はもう少しあるかしら」


「うーん、横浜のほうがちょっと遠そうですね。小百合さんは、ここに何度か来たことあるんですか?」


「ええ、二、三度かしら。きょうみたいにお仕事で横須賀に用があったとき、一人でちょっと足を伸ばしてみたの」


「なんだかちょっと落ち着きますよね。もうちょっと温かくなったら、打ち寄せる波や行き交うタンカーをぼんやり眺めるのもいいかも」


「ふふふ、私はそれを、風の強い冬にやったわ。きょうよりもう少し、肌寒かったわね」


「おおう……」


 きょう、物凄く寒くて乾いた風が全身を容赦なく突き刺して雪が降ってるときの仙台よりも寒く感じるけど、これより寒いときに来たんだ……。


 小百合さんはふんわりやさしく笑んでいるけれど、闇が深そう。


 闇が深いのは、それだけ人生経験を積んでいるということ。そういうのも含めて、今のやさしい小百合さんがある。私はそう思う。


「ねえねえ未来ちゃん、あれに上がってみない?」


「灯台ですか」


「そう、あの灯台も前にカップルに紛れて一人で上がったのだけど、とても見晴らしが良かったの」


 相変わらずにこにこしている小百合さん。

 

 探勝路を逸れ、小高い丘に建つその白い灯台は思っていたよりずっと狭く、人がようやく擦れ違える程度の螺旋階段があるだけの簡素なもの。江ノ島シーキャンドルのように観光目的ではなく、あくまでも東京湾(浦賀水道うらがすいどう)やその周辺を監視するために建設され、そこから改築されていないようだ。


 その薄暗く小さな灯台に、ほかに客はおらず、私と小百合さんはスムーズに最上部まで辿り着いた。高所の風は強く、髪を靡かせ肌を容赦なく刺す。


「おお、東京湾みたいな狭い海でも地球の丸さを感じる!」


「ふふ、私も初めてここに来たとき、未来ちゃんと同じことを思った。それで、今も思ってる」


「地球が丸くなくなったら、人類は滅亡するのかな」


「ああ、いっそのこと滅亡しないかしら?」


「さ、小百合さん!?」


「なんてね」


「あ、あのっ、ど、どうされましたっ?」


「いつものことよ。歳を取ったのかしら。最近はよく、いつになったら報われるのかな? って、そんなことばかり考えているの」


 私が本牧さんと付き合い始めたのは、小百合さんには言ってある。だから、私に先を越されたと思っている可能性は、けっこうあると思う。


「私たちのお仕事は、カップルの晴れの門出を彩ることだけれど、私にとっての`報われる´は、必ずしも誰かと結ばれるとか、そういうことじゃないの。もちろん、そういう人が現れたのなら、それはとてもうれしいことだけど」


「小百合さんは、どういう人が好みなんですか?」


「うーん、そうね、こうやって道草に付き合ってくれて、知性があって、心やさしい、未来ちゃんみたいな人かしら」


「わわわわ、私ですか!?」


 あわわわわ!! そういう、そういう困ることを!!


「ふふ、私もそれなりに苦労しているから、ちゃんとフィットする人と結ばれたなら、それは報われたことになると思うの」


「わ、私、小百合さんの力になれるかわからないですけど、応援してます!」


「ありがとう」


 小百合さんは髪を靡かせながら、房総半島のほうを見るでもなく遠い目をしていた。遥か空を仰いでいるのかな。


 こんなに素敵な人が幸せになれないなら、世の中ほんとうに間違っている。小百合さんの過去は以前聞かせてもらったけれど、それで報われなかったら、この世界には救いがない。


 つらい思いをした分は、ちゃんと報われてほしい。それが私の、切なる願い。

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