最後に教えてくれたこと
早く、早く着いてくれ!!
新橋で山手線も浜松町でモノレールに乗るときも目の前で発車して、空港に着くまでかなり時間がかかった。
「マジかよ、なんなんだよ、なんでこんなときに限って!」
飛行機も、ついさっき飛んだばかりだった。次の新千歳行きは30分後。
埼玉で電車止めた奴マジ死ねよ!! アイツがいなければ今ごろ飛行機に乗れてたのに!!
やっと乗れた飛行機の中でも気が気じゃなかった。少しでも気を紛らわせるために見た機内コンテンツも楽しめなかった。機内食の味もわからなかった。
「貧乏ゆすりしてんじゃねえよ!!」
前の席のクソジジイが背もたれから顔を覗かせて怒鳴ってきた。
「うるせえ!!」
こっちは気が気じゃねえんだよ!!
「なんだと!? 貧乏ゆすりしてるお前がうるせえから言ってんだよ!!」
「お客さまどうされました!?」
揉み合っているとCAが仲裁に入って、なんとか場が収まった。
新千歳に着いた。ここから札幌まで電車で40分かかる。
札幌駅からタクシーでやっと病院に着いた。
けど、
「つい先ほど、亡くなられました。ほんの数分前です」
医者に告げられた。
病室では丸椅子に座った母親が前かがみになって顔を隠しながらぐすぐす泣いていた。3人の看護師が医者のオッサンを囲うように立っている。
「つい、さっき?」
「はい」
うそだろ、ついさっきってことは、埼玉で足止め食らわなければ間に合ったってことだろ。
「ふざけんなよ!! なんなんだよマジでよお!! ばあちゃん、ばあちゃん!!」
あのときアイツが電車に荷物を挟まなければ、死に目には会えたってことだろ!?
あ……。
そのとき俺の脳裏に浮かんだのは、電車に乗るとき躊躇う未来ちゃんだった。
未来ちゃんが躊躇ってたのって、そういうこと? もしかして俺、駆け込み乗車をして知らない誰かにそういうことしてきたってこと? ぶっちゃけ駆け込み乗車なんて数えきれないくらい日常的にしている。
じゃあ俺、これから何回も、こういうことがあるってこと? 急いでるときに足止め喰らうってこと?
え、マジで? 今まで楽しく生きてきたのに、これから転落人生?
ああ、マジか、マジかあ……。
罰が当たったのはわかったけど、ばあちゃんの死を受け入れられなくて、安らかに目を閉じた頬を両手で揺すった。まだ温かい。
「ちょっと、落ち着いて」
医者に脇腹を掴まれて制止された。
通夜、告別式を経て、ばあちゃんは2日後に火葬された。一昨日まで、俺が病院に向かうタクシーに乗っていたときはまだ生きていたばあちゃんが、もう骨になっている現実。
命って、儚いんだな。
今までそういうことも、世の中のだいたいのことも深く考えないで生きてきたけど、なんかそういうのが、イヤでも見えてきた気がする。
ばあちゃんは最後に、それを教えてくれたのかもな。
思うに俺は、未来ちゃんにも小百合さんにも引かれてる。今回のことでそれに気付いた。
俺、これからは少し、マシなヤツになれるかな。




