駆け込み乗車の報い
「悪い未来ちゃん、札幌のばあちゃんが危篤になったから、俺はこのまま空港行くわ」
なるほどそういうことだったか。
「あ、はい、わかりましたっ」
子安さんは続いて職場に連絡を入れた。うちの職場は親族の危篤など、非常時には急遽仕事を抜け出しても良いことになっている。
私たちはさいたま新都心駅の改札口を抜けてホーム階段から下りた。途中の新橋駅までは子安さんと同行。
目の前には電車がドアを閉めた状態で止まっている。
『ただいま3番線に停車中の電車ですが、ドアにお客さまの荷物が挟まっているため緊急停止しております。ドアは開きません』
放送があり、よく見ると前方の車両の車側灯が点灯し、ドアからカバンのようなものが突き出ている。そのすぐそばに駅員さん3名と、荷物の持ち主と思しきスーツ姿の中年男がいる。
駆け込み乗車をしようとして荷物を挟んだら緊急停止したのだと、私は状況を理解した。
「おいおいなんだよなんでこんなときに電車止まってるんだよ」
そわそわする子安さん。地団駄を踏み、焦燥感を露にしている。
荷物の除去作業は4分で終わり、電車は発車した。
『お客さまにお知らせいたします。次の小田原行きの電車ですが、お隣、大見や《おおみや》駅でも発生中の荷物挟まりによる緊急停止信号を受信し、点検の必要な箇所で停車したため、ただいま宮原から大宮間に停車中です。到着までしばらく時間がかかる見込みです。お客さまにはお急ぎのところご迷惑をおかけしまして申し訳ございません』
ああ、エアセクション(送電重複区間)に止まったんだ。
エアセクションに電車が止まると、そこから発車させる際に過大な電流が流れて電車が故障したり架線が切断する恐れがある。故にそこで止まった場合はセクション内に入っている車両の集電装置を下げ、セクションに入っていない車両のモーターを使い発車させる。その作業は15分から20分ほどかかるらしい。本牧さんから聞いた話。
駆け込み乗車がもたらした大迷惑。口には出さないけれど、子安さんが日ごろ駆け込み乗車をしている姿が浮かぶ。
ああ、これはきっと今、子安さんは報いを受けているんだ。
そう思わざるを得なかった。
電車が来たのは20分後。かなり高速で走っていたものの、新橋に到着するまで遅れは取り戻せなかった。
遅れの影響か、電車は混雑していて座れなかった。出入口付近には人が密集、私たちは座席のある中ほどに立った。新橋まで40分、この立っている時間が子安さんにとっては悠久にも感じられただろう。
新橋駅で車内から子安さんを見送った私は、ひとり横浜の職場に戻った。今ごろ彼は空を飛んでいるだろうか。
こういうとき、普通の人ならば、一刻でも早く病院に到着してお祖母さんと亡くなる前に会えたらいいなとか思うのだろうけれど、私はなんとなくそのような気持ちは湧かず、だからといって会えなければいいとも思わず、運命に身を委ねるしかないと、どっちつかずの気持ちでいた。




