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未来がずっと、ありますように  作者: おじぃ
迫るタイムリミット
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最後の駅業務

 衣笠さんと伊豆旅行をしてから約1ヶ月。とうとう駅業務最後の朝が訪れた。


 いつもと変わらずボロアパートを出て、出勤点呼を取って、更衣所で制服に着替えた。この制服も、きょうでお役御免だ。まだまだ着られそうなのに勿体ない。


 休憩室では同じく今回の徹夜が最後の駅勤務となるお局様方(成城(旧姓)さんと百合丘さん)がお茶を啜っていた。


「おはようございます」


「おはよう」


「おはようございまーす」


 僕が挨拶をして二人が返事をするこの応酬も、これで最後。


 僕は食器棚から自分用の湯呑みを取り出し、テーブルに置かれた急須を手に取ってお茶を注ぎ、立ったまま一口啜った。この湯呑みも持ち帰らなくては。


「座ったら?」


「お言葉に甘えて、失礼します」


 成城さんに促されたので、僕は彼女の隣にそっと腰を下ろした。ふかふかの革張りソファーに尻を吸い込まれるこの感じも、なんだか愛おしい。


 各々が物思いに耽りながら、静かにお茶を啜る。ワイドショーは、この日本総合鉄道が赤字に転落する見込みだと報じていた。赤字だろうが黒字だろうが、現場の雰囲気はあまり変わらない。やることも経営方針も特に変わりはなく、合理化施策が日に日に進んで行くだけ。


「きょうで、最後ですね」


 僕が切り出した。


「ええ、本体の平社員はお払い箱ね」


 成城さんの言う『本体』とは日本総合鉄道のことで、明日からはグループ会社の日本総合鉄道ステーションサービスに業務移管となる。人件費削減と労働者の負担軽減のため、早朝および深夜帯は接客業務を行わず、大都市近郊区間の駅でありながら無人駅に近い状態となる。


「これで定年退職なら気が楽ですけど、山奥の研修センターで鬼の訓練を経た後に液タブもなく仕事時間中にお絵描きもできない乗務係になると思うと……」


「乗務員がお客さま向けにポスターをつくる機会はほとんどないからなあ」


「これはもはや専業を目指すしかない。それか宝くじで10億当てる。うちの親みたいにあんま売れないまま専業をやるのもなんだかだし、実力をつけるしかない」


「脱サラかあ、いいなあ」


「本牧さんも脱サラ考えてるんですか?」


「それも選択肢の一つだなって、最近思うようになった」


「いいんじゃない? 私も今後会社が敷くレールによっては専業でやっていくつもりよ」


「えりちゃんは松田さんがいるからね。左うちわでしょ」


「暮らしには困らない、かしら。でも、年の差があるからいずれひとりで生きて行かなきゃいけなくなる。そのための貯蓄は必要よ」


「おやおや、みんな会社辞めちゃうのかい?」


 松田助役が事務室から出てきた。


「この駅でのほほんとやれてたから良かったですけど、会社全体はけっこうキツイ職場も多いですからね~」


 百合丘さんが心情を吐露。日本総合鉄道は職場や部署の当たりハズレが激しい。この駅みたいにのほほんとしている職場もあれば、ギスギスしていたりモラルハザードを起こしている職場もある。


「私は無職になろうかしら」


「誰の財布で生きるんだい?」


「いいじゃない。民営化前に甘い蜜たっぷり吸ってるんだから少しくらい」


「民営化後に入ってきた人たちの冷ややかな視線を僕はこれまで何度も浴びてきたよ。お前らが漫然としてなきゃ今ごろ会社がこんな風にはなってなかっただろっていう視線をね」


 松田助役、気付いていたのか。気付かないはずもないが。


 民営化前と後では待遇に雲泥の差がある。特に賞与ボーナスに関しては極めて顕著だ。経営破綻して民営化した故、民営化後のほうが業績は良いが、社員還元率は低い。民営化前後に関する不満を言い出したらキリがないのが実情。


 松田助役にげんなりしたオーラが覆いかぶさってきたところで、そろそろ持ち場について業務に当たる時間だ。


 最後の一日、特にイヤな予感はしないが、無事に過ごせるよう祈る。

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