わくわくサスペンス城ヶ崎2
「うん、美味しい!」
ぺろぺろとミルクを舐めたネコのように満足げな衣笠さん。バニラと抹茶のミックスソフトクリームをふたりで一個ずつ食べて少し休憩。甘いものは心をいくらか落ち着かせてくれる。なかなか一人ではこういうものを食べないが、たまには良いものだ。
きょうもよく、空が晴れている。職務中、駅のホームで陽に当たることはあるが、ほとんど屋内で働いているためか、あまり気の巡りが良くならない。見知らぬ観光地に来て、初めての刺激とともに陽を浴びるのは、とても健康的だと実感している。
コーンまで食べ切って、その包み紙はカバンにしまった。くずかごは見当たらない。
「ふぅ、美味しかった。さて、サスペンスの聖地を目指しましょう!」
下り階段や坂が続く、松を中心とした木が生い茂る小道をゆく。
常緑樹の枝葉がさわさわと掠れ、ぽかぽか木漏れ日がまどろみを誘う。鳥のさえずりが、澄んだ空気に澄明に響き渡る。
都会の喧騒から離れ、幸せの青い鳥がいそうな、落ち着いた場所だ。
「あ、海が見えてきた!」
「おお、伊豆大島も見える」
10分ほど歩いたところで、木々の狭間、向こうの眼下に海が見えた。両サイドを高い崖に挟まれている。そのまま道なりに歩くと、まもなく林を抜けて石積みの見晴らし台に。一気に景色が開けた。
「おおお! すごい眺め!」
「落ちたらすぐに死ぬだろうな。6年どころか6分持たない」
「落ちなければいいんですよ!」
瑠璃色の澄んだ海は崖の向こうに果てなく広がり、いつも地平から見る湘南の海とは異なる雄大さと恐怖感と、世界の広さを思い知らされる。
遥か下の地面は砂浜ではなくジグザグした岩場。そこから転げ落ちて、底の見えない海に真っ逆さま。さすがサスペンスの聖地だ。
「ねえ、なんかネガティブなこと考えてるでしょ」
「ネガティブというか、殺人にはもってこいの場所だなと」
「ここはサスペンスで追い詰められた犯人が自殺を図る場所ですけど、殺人にはもってこいということは、誰か嫌いな人でも?」
「そりゃ、26年も生きていれば一人や二人や三人や四人や五人は」
「けっこういらっしゃる……。ハッ! もしかして私!」
「大丈夫、衣笠さんみたいな憎めないタイプは嫌いにはならないから」
「ふぅ、良かった」
見晴台には老若数組が滞留していて、うち大学生くらいの男の集団の一人が大海原に向かってGLAYの曲を大声で歌い出し、なんだかくじゅくじゅ混沌と苛立った。
連中が去って、再びいくらかの喋り声が発せられては風にさらわれる断崖絶壁が戻ってきた。
「地球は大きいなあ」
ぽかぽか陽だまりに吹きすさぶ乾いた風の中、心の声が漏れた。
「これだけ大きくても、あの太陽が一息吹いただけで呑み込まれちゃうんだから、宇宙は果てしないなって思う、衣笠未来、心のポエム」
「ポエムになってる?」
「世界はね、だいたいポエムでできている。衣笠未来、心の川柳」
「おお、お見事」
「ふふ、元文学少女なので」
「元?」
「24歳になって少女というのはさすがに……」
「そうか、もう24歳か」
「はじめて会ったときはまだ22歳だったもんね」
「時の流れは速い」
「速いけど、速いからこそ楽しまなきゃね」
「うん、おかげさまで、この旅は楽しいよ」
「良かった。さて、もうちょっと歩いてみようか」




