なんとかなると信じよう
「僕は、焦りと不安に支配されているんだな」
何もしないまま夕方を迎え、いつの間にか陽が沈んでいた。
「灯り、点けていいですか?」
「どうぞ」
言って僕は身を起こし、薄暗い部屋に、ピカンピカンと音を立てて蛍光灯が点いた。
「あ、ありがとうございます」
「いえ」
「どうです? きょう一日休んでみて」
「うーん、一日くらいではスッキリはしないけど、少なくとも僕がこの人生でやるべきことは『人件費の削減』なんて無機質なことではないなと」
「おお、うん、確かに私も本牧さんはそういうことより、もっと心が温かくなることをやってもらいたいなって思います」
「でも、何をやればいいのか、やりたいことが見つかったとしても、それで生計を立てられるかどうか」
「うーん、そうだよなあ」
それから十数秒、沈黙が流れた。
「僕には霊感があるって話はしたよね?」
「ん? うん、そのおかげで、火葬場でじいちゃんを未練なく見送れました」
「僕はたまに自分や、他の人の未来を予知することがあるんだ」
いつかは言わなければとずっと思い悩んでいたことを、さらっと言ってみた。
「おお、それはすごい! でもね、実は私、本牧さんを見ていてそんな気がしてました」
「え、そうなの?」
「花梨ちゃんも成城さんも、たぶん松田さんも勘付いてますよ」
「え、うそ、どうして?」
なんということだ、そんな話、誰にもしていないはずだ。どこかでそんな素振りを見せていたのか?
「なんとなくね、わかるんですよ、そういうの、人をよく見ていれば」
「よく見ていれば……」
「そうです、最近は他人に無関心な人も多いですけど、私たちはそうじゃない。こういうオカルティックなこともなんとなく見抜けるくらいの能力はあるんです」
「そ、そう、なんだ……」
衣笠さんのことだから素直に信じてくれると期待はしていたが、まさか他の人たちにも見抜かれていたとは。
「それで、どうしたんです?」
「それで、その、駅で起きる人身事故とか、そういうのも予知したり、外れたりもするのだけど……」
「当たりも外れもする。うんうん」
「それで、その僕の余命は、残り6年弱、32歳の7月13日までだっていう予知を衣笠さんと出逢うより前のある日にして……」
「うん、うん、そっか、そうだったんだね」
「驚かない、か……」
なら、これまで隠しておく必要もなかっただろうか。とも思ったが、内心でショックを受けてくれている可能性もある。
「それも、なんとなく、具体的な日付まではわからないにしても、勘付いていたから」
「そう、かあ、衣笠さんはなんでもお見通しだな」
「えっへん! でも、予知が外れて32歳の7月13日以降も生きているかもしれないから、堅実な今の会社を辞めようとも思い切れないし、辞めたとしてもやっぱり堅実なところに転職して、言い方は悪いけど運命の船を他人任せにしたほうが、安定して生きていくうえでは致し方ないかなと、そういうことかな?」
「ええ、正に」
「そっか、うん、そうだよなあ、それは迷う。私も迷う。そもそも何をしたいのかも白紙に戻ったような状況で、この濃霧の中をどう舵取りすれば良いのか。なんとなく針路は見えていても、不安に思うのは、当たり前だよね」
「うん、加えて、衣笠さんも成城さんも、百合丘さんでさえ、皆それぞれに夢や目標を達成しているのに、まだ自分は何も成し得ていない、自分は間違ったり、怠惰的な生き方をしているんじゃないかって気もして」
「怠惰的だなんてとんでもない! 本牧さんは真面目で、真面目すぎるから、藻に絡まってもそれが自分自身では苦しくても、他の多くの人と比べて苦しいことだとは自覚しにくい、そんな節があると思う」
「そう、かなあ、まだまだ努力が足りない気がしてならないよ」
「うーん、どの程度努力をすればっていうのは人によるけど、優れた人ほど試練が多いって言うし、本牧さんはそれに該当するんだろうなあ」
「優れた人? 僕が?」
数年前までは遊び惚けていた僕が優れた人間? むしろ、あのころ遊び過ぎた代償が今になって来ているのでは?
「そうですよ、まあ、その、過去のことは知りませんけど、きっと、なんとかなる。そう信じましょう。大丈夫、私が付いてるから」
彼女の潤んだ眼差しは陽だまりのように温かくて、少しだけ、いや、けっこう大いに僕を安心させてくれる。
これからどうなるかなんて、予知能力がある僕も生憎確証はできない。ただ、彼女といっしょならなんとかなるんじゃないか。そんな甘えた思考に至った。
今は少し休んで、改めて次のことを考えよう。




