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未来がずっと、ありますように  作者: おじぃ
迫るタイムリミット
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解き放たれる日を夢見て

 きょうは何もしない日。衣笠さんにそう言われ、半ば強引に何もしない休日を過ごすことになった。


 何もしない日なんて、僕にはほとんどない。休日でも会社から課題として出されている人員削減による効率化についての提案書を作成するなど、自らがやりたいこととは無関係、むしろ殺伐としていてやりたくない施策に加担させられている状態だ。


 僕が座布団で寝転んでいる一方で、衣笠さんは卓袱台を挟んで対面に体育座りで文庫本を読んでいる。過去に交際してきた女性で『お家デート』というのはなかったが、こんなにも何もしなくて良いのだろうか。仕事をする空気でもないし、何もしようがないのだが。


 それに、衣笠さん自身が満足そうにしている。


 だから、まあいいのか。


「何もしなくていいのか、とか思ってます?」


 本から目を逸らし、衣笠さんが僕を見下ろしている。


「ええ、まあ」


「何もしない勇気ですよ、悠生ゆうきさん。ぷふっ……」


 ……。


「何か言ってくださいよ!」


「あ、いや、どう返せばいいか思いつかなくて」


「うう、滑った、スケートはほとんど滑れないのに……」


「ああ、僕もスケートしてないなあ、小学校の遠足で東神奈川ひがしかながわのリンクに行って以来だ」


「こ、こんど、行きますか?」


「あまり行きたくなさそうな表情かおしてるけど」


「い、いやいや、そんなことありません。仙台は有名なフィギュアスケーターの出身地ですからね、これからはスケートを嗜むのが仙台人のデフォルトになるというか」


「ああ、なるほど」


 そんなことはなさそうだが……。


 沈黙のときが流れ始めた。


 冬の低い陽光が部屋に差し込み、隙間風があっても意外とぽかぽか温かい。


 キーンと風の音がする。読書を止めた衣笠さんも、僕と同様にごろごろ寝転び始めた。


 忙しい日々のなかでも休養は大事だと理解しているのに、心から休めない性分を、彼女は少しずつ解いてくれようとしている。


 仙台に行ったときもそうだったが、彼女はワーカーホリックな僕に歯止めをかけてくれる。しかも、自らが求める仕事を着実に達成している。不器用なようで、実はかなり器用な女性ひとだ。本当の『できる人』とは、こういう人を指すのだろう。


 しかし『何もしない』『何も考えない』に不慣れな僕の脳には、どうしても仕事が侵食してくる。やりたいことを追求できていたころはそれでもまあ良かったが、いまはそうじゃない。やりたくないことに苛まれている。不本意な自分を生きている。


 本当に32歳の7月13日で生涯を閉じるならスパッと会社を辞めて、少しばかりのアルバイトをしながら新たにやりたいことを見つけて余生を送りたいが、その確証はない。中途半端な能力とは困ったものだ。


 一度すべてをリセットして、前向きに生きられたなら。2年前は同じ職場で前向きに働いていた僕だが、それが叶わぬと悟ってからは東京砂漠にぽつりと立たされ、黒い空間に白い線画となった自分や他の人々がひしめき合っているだけだ。『明けない夜はない』『神は乗り越えられない試練は与えない』なんて言葉を片隅に置いて、藻のぎっしり絡まった身体が解き放たれる日を夢見ている、そんな自分がいる。

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